写楽歌麿とその時代 4 写楽「大童山土俵入」

寛政6(1794)年11月、江戸で人気者となった怪童、大童山(だいどうざん)文五郎(ぶんごろう)を描いた「大童山(だいどうざん)土俵入(どひょういり)(3枚組)」。デビューから6カ月間、役者絵のみ描いていた写楽にとって、初の相撲絵となった。

謎残した初の相撲絵

東洲斎写楽「大童山土俵入」(錦絵大判三枚続、縦64センチ×横94センチ、寛政6年、中右コレクション)

大童山は出羽国(現在の山形県)から江戸に出て、7歳ながら体重は19貫目(約71キロ)あった。実際の取り組みはなかったが、前座の土俵入りで江戸中を沸かせたという。

初代横綱谷風や「史上最強」をうたわれた雷電といった人気力士たちが「あいつ誰?」と言わんばかりに、両脇で見守る現場の雰囲気が伝わり、面白い。ちなみに右側の絵の前列左端に描かれているのは、徳島藩お抱え力士の勢見山だ。

一方、この時期になると、写楽の作品は豪華な「雲母摺(きらず)り」ではなくなり、描き方も散漫で迫力不足になっている。まるで別人が描いたのでは、と思わせるほどで、この辺りが「謎の浮世絵師」と呼ばれるゆえんだ。

国際浮世絵学会の中右瑛(なかうえい)常任理事は「初期は『東洲斎写楽』となっていた落款が、この頃は『写楽』だけになっているのも大きな謎」と話す。

この作品から約3カ月後、後世の人々に謎を残したまま、写楽は歴史から永遠に姿を消した。

浮世絵展「写楽・歌麿とその時代 美人画と役者絵」は4~22日、徳島市のあわぎんホールで。

 (2017年8月2日掲載)

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