向井康介さん連載「創作の余白に」 第7回

三好市出身の脚本家向井康介さんが、日々の暮らしで感じたことや創作の心構えなどをつづる。

北京の路地裏ではゆったりとした時間が流れる(向井さん撮影)

【第7回】心のオアシス 北京

NHKの土曜ドラマ枠で全8回にわたって放送されたドラマ「植木等とのぼせもん」が、10月21日についに最終回を迎えた。僕は文化庁の海外研修員として2014年の3月から北京に滞在し、1年間の研修を終えた後も自主的に居続けた。去年、つまり16年の暮れにようやく日本に戻ってきた。完全帰国を果たしてすぐに手掛けた仕事が、この「植木等とのぼせもん」で、今年の上半期はずっとこのドラマにかかりっきりだった。

連続ものを単独で書くのはこれが初めてのことで、僕の主戦場である映画とはまた違ったドラマツルギー(物語の組み立て方)に戸惑いながらも、なんとか一人で書き上げることができた。こつはマラソンと同じで、ゴールを考えないこと。とにかく目の前のことに集中して愚直に一歩一歩足を出し続けていれば、いつのまにかゴールラインを跨(また)いでいる。それが理想の書き方だ。

そんな先の長い執筆生活の中で、まるで心のオアシスのように夢想していたのは北京のことだった。海外での生活に疲れ、もういいかなという思いで帰国を果たしたのに、ひと月もたつと、どういうわけか僕は北京に戻りたくなっていた。どうしてこんなにも北京が懐かしいんだろう。理由が分からないままに僕は彼の地を思い続け、ついに最終話の完本が刷り上がった日、僕は喘(あえ)ぐように北京行きのチケットを調べ、3日後には空港に向かっていた。

9月も半ばを過ぎた北京は、ちょうど夏と秋の狭間(はざま)にあって、空は青く澄んでいた。空気は乾いていて、日差しは暑く、けれど日陰に入ると風は冷えている。

都市の中心部はまだ旧城内の街並みが残っていて、胡同と呼ばれる路地を子供が走り回り、主婦たちが立ち話をしている。小さな商店では店主が居眠りし、軽食屋の店先では大きな腹を出した男たちが瓶ビールをラッパ飲みしている。絶え間なく鳴り続ける車のクラクションや自転車の鈴の音。人の足元をうろうろする野良犬。そんな光景に混じって、僕も屋台でビールを頼む。

宿は借りず、友人の日本人夫婦の家に厄介になった。特に何をするというのでもない。起きて飯を食べに出て、そのまま街をうろつき、夜は友人たちと酒を飲む。それだけでも一日はあっという間に過ぎる。

「近くて遠い国」とはよく言ったもの。北京の時間の流れ方は、日本のそれよりもはるかにゆったりとしている。島国と大陸の違いだろうか。

北京の秋は短い。日一日と気温は下がり、昨日は半袖で過ごせたのが、10日もたち、帰国する月末あたりになると、夜は厚手の上着を着て出かけなければならないほどに冷気が立ち込める。最後の夜も若い友人が営むバーで過ごした。次はいつ来るんだ? と一杯奢(おご)ってくれる。底抜けの安心感。

春くらいにまた来るよ、と挨拶(あいさつ)をして、深夜、店を出た。日本に帰ったらすぐに新しい仕事が待っている。それが終わったら、僕はまたきっと北京に戻ってくる。人が第2の故郷と呼ぶのは、こういう場所のことを言うだろうか。

(2017年11月10日掲載)

〈これまでの記事〉

第1回 徳島国際短編映画祭

第2回 上京の友人と地酒

第3回 物を書く仕事

第4回 理髪店の息子

第5回 小さな映画監督

第6回 聖の青春

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