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徳島経済研究所専務理事になった   1999/7/2 19:19
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徳島経済研究所専務理事になった梶本 孝司さん
(かじもと・たかじ)

 「徳島の金融、経済を鳥かんしながら、地に足のついた調査、研究活動に知恵を絞りたい」

 徳島経済研究所は、徳島の景況を詳しく調べているほか、先行きを予測、報告している阿波銀行系のシンクタンク。二十七年間、日本銀行に勤め、一九九二(平成四)年阿波銀行入り。市場金融部長、取締役国際部長などを経て、経済研の”新しい顔“になった。

 「虚心で仕事に当たり、地元に役立つ報告をするのが最大の使命。国際業務を進める企業が必要とする情報を公平な目で交通整理した形で伝えたい。創意工夫を凝らすベンチャー企業には、新たな業務展開に必要な情報を提供したい」と口元を引き締める。

 日銀時代、統計局で約三年間、企業短期経済観測調査、いわゆる「日銀短観」に携わった。調査表を回収してデータをチェック。その集計だけでなく、経済の先行きを予測する基礎資料づくりをした経験を持つ。また、日銀大阪支店国庫課長、国庫局総括課長として政府の資金繰り、財政の効率的な運用などを担う国庫事務にもかかわり「金額が大きかっただけに、神経を使いました。やりがいもありました」と振り返る。

 阿波銀行に転身後は、主として市場で資金を調達、運用する市場金融部、県内企業の外国進出、外国での取引、国際業務などをサポートする国際部を歩いた。

 言い聞かせてきた言葉は「努力」。「その場しのぎの対応は嫌い。正しいこと、間違っていることをきちっとした形で判断することを大切にしたい」と話しながら「愚直という言葉が自分の性格に合っている。いい意味で書生っぽいといわれるのは歓迎」。

 小松島市出身。小松島高校から香川大学経済学部に進み、卒業論文は「金利決定メカニズム」。東京都内の自宅に母と妻、長男、長女を残し、徳島市佐古一番町の社宅で一人暮らし。五十七歳。