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「1・17徳島からKOBEへ灯りを」実行委員   2005/1/17 16:12
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「1・17徳島からKOBEへ灯りを」実行委員奈良 美智子さん
(なら・みちこ)

 あの日から十年。区切りの年、阪神大震災が起こった時刻に黙とうをささげたい−。昨年十二月半ば、自らが通う徳島大学の掲示板で、震災犠牲者を追悼する「1・17徳島からKOBEへ”灯(あか)り“を」の存在を知った。「避けていたわけではないけど、これまでは地震の発生時刻に開かれる催しに参加したことはありませんでした。今回は節目なので…」と、イベントを主催する実行委員会に連絡し、実行委員となった。

 神戸市灘区の自宅で震災に遭った。当時は小学五年生。震度7の激しい揺れで眠りから覚めた。着のみ着のまま、近くの小学校に避難。一緒に暮らしていた家族は無事だったが、同じ灘区に住む祖父を亡くした。

 今月十日、分灯のため「希望の灯り」がある神戸市の東遊園地を他の実行委員とともに訪れた。セレモニーが終わると、公園の地下にある犠牲者の氏名を刻んだ銘板の前へ足を運んだ。祖父の名を見つけ、手を合わせた。

 「おじいさんとはお会いになりましたか」。神戸の「希望の灯り」事務局の人から声を掛けられた。「会いましたかという言葉に胸が詰まりそうになりました。あそこには同級生の名前もあります。特別な場所です」

 イベント初日の十六日。地震発生時刻の半日前となる午後五時四十六分に黙とうをささげた後、「悲しい思いをしたけれど、皆さんの優しさに助けられ、そして今の私があります」。三百人の参加者の前で、思いを口にした。

 「過去を振り返ってばかりいても仕方がない。災害に備え、まずは一人ひとりが危機意識を持ってほしい」と前を向いた。徳島市内のマンションで一人暮らし。二十一歳。