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人(徳島県関連)
堺徳島県人会会長になった
木岡清(きおかきよし)さん   2010/7/9 10:33
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堺徳島県人会会長になった 「思いがけず大役を引き受けることになった。時期尚早と感じる半面、古里に貢献したいとの思いも強かった」。堺市と大阪府下の周辺10市に住む徳島県出身者でつくる堺徳島県人会。5月の役員会で会長に互選され、意欲をみなぎらせる。

 会員数は約250人。高齢化が進み、70歳以上の役員も多い。若手会員の勧誘が急務となっており、トップの世代交代で活性化を託された。「遠く離れた古里を身近に感じることができる組織が県人会」と強調。阿波弁で会話すると、初対面でも自然と懐かしさが込み上げてきて、打ち解け合えるという。

 司馬遼太郎の紀行文「街道をゆく 阿波紀行・紀ノ川流域」に出てくる「京都弁の祖は阿波弁ではないか」との一節がお気に入り。京都弁のルーツが阿波弁だと指摘された京都人が自尊心を傷つけられ、同席した阿波人が喜ぶ場面がつづられている。「根拠はないが痛快なエピソード。十数年前に読んで、徳島の出身者として誇りを持ち続けたいと思った」

 阿南市富岡町生まれ。城南高校を経て、京都大学を卒業した1972年から大阪市役所に勤めた。教育委員会文化財担当部長時代、2001年に開館し、人気を集める大阪歴史博物館の建設事業に携わった。「予算を含めて、すべてを手掛けた。完成の喜びより、来場者数の心配の方が大きかった」と振り返る。

 08年、大阪市文化財協会の専務理事を最後に退職した。現在は地元のボランティアグループに入り、公園の清掃活動などを続けている。

 人と人とのつながりを最も大事にしているだけに、「大阪に出て成功した人も、志半ばで挫折した人も、みんなが商売抜きで安らげる県人会にしたい」。堺市南区の自宅で妻と二人暮らし。61歳。