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第54回徳島新聞社こども野球のつどいを25年ぶりに制した大津西の監督東芳昇(あずまよしのり)さん   2013/7/29 10:22
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第54回徳島新聞社こども野球のつどいを25年ぶりに制した大津西の監督東芳昇(あずまよしのり)さん 決勝戦の後、しばらく記念の金メダルを握りしめていた。1988年の第29回大会でプロ野球・千葉ロッテの里崎智也捕手(37)を擁して制したとき以来、2回目の栄冠。「強力なバッテリーがいたし私もまだ若く、優勝しか頭になかった」と言う前回に対し、今回は「特別な力はない。一つ一つ勝っていこう」と呼び掛けてきた。準々決勝後に食事会を開いて子どもたちの結束を強め、つかんだ頂点だけに喜びは大きい。

 大会前に実父を90歳で亡くし、初戦はベンチに入れなかった。そんな境遇を励ましてくれたのが子どもたち。「暑い中で自分に負けずに戦い、日替わりでヒーローが出てくれたことがうれしい」

 野球選手の経験は大津西小時代の6年間だけ。小柄だったため打球が外野に飛ばなかった。

中学校から剣道に打ち込み、今も指導の根底にある「負けん気」を身に付けたのは、このときだった。主将を務めた鳴門高では練習後も電柱を相手に竹刀を振り、県総体で個人3位と努力を実らせた。

 建設関係の会社で働きながら野球の指導術を学び、母校のチームを引き受けたのは28年前。白星には遠い、おとなしいチームを持ち前の負けん気で強化してきた。

 指導について、周囲は「粘り強い」と言う。今大会で大活躍した6年生の坂野航平君は、守備は得意ではなかったが大柄な体にほれ込み、「絶対主砲として花を咲かせる」と指導してきた。

 食事会を開いたように気配りも忘れず、監督の下には数々のOBが訪れる。里崎捕手は帰県して真っ先に姿を見せる。「今の子たちは諦めるのが早い。でも努力すれば大きく成長できることを楽しい思い出とともに伝えたい」

 鳴門市撫養町大桑島で妻と娘夫婦、孫と6人暮らし。最近野球を始めた孫に刺激を受ける61歳。