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徳島海上保安部長に就任した島谷邦博(しまやくにひろ)さん   2013/10/13 11:29
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徳島海上保安部長に就任した島谷邦博(しまやくにひろ)さん 「県民のニーズに的確に対応していく」。徳島の海を守る組織のトップとして、力強く決意を語る。一日当たり350隻の船舶が行き交う鳴門海峡の安全対策、漁業者への救命胴衣着用呼び掛け、密漁取り締まりなど、取り組むべき施策が次々と口をついて出る。

 中でも「一丁目一番地」と位置づけるのが、南海トラフ巨大地震対策。県や県警、消防、自衛隊などとの連携を重視しており「訓練や会合を通じ、お互い何ができるか把握し、一致団結して備えたい」と関係強化に意欲を見せる。

 防災への思いが強まったのは、2011年の東日本大震災で被災地の惨状を目の当たりにしてから。当時は銚子海上保安部(千葉)の巡視船機関長を務め、宮城県沿岸部で連日行方不明者を捜索。見つけた遺体の中には幼児もいた。「こうした犠牲者を少しでも減らしたい」と力を込める。

 26年間の海上保安官生活では、東南アジアの海賊対策をはじめ、さまざまな業務に携わった。12年9月に沖縄・尖閣諸島が国有化された際には、第11管区海上保安本部(沖縄)に勤務。巡視船運用司令長として、周辺領海に侵入した中国の公船十数隻に無線で警告し続け退去させた。「いかなる事態でも毅然(きぜん)と冷静に対応すべきだと学んだ」

 これらの豊富な経験を基に、着任後の11日に行った職員への初訓辞では「どんな仕事も前向きに取り組むことが大事」と説いた。「今、役に立たなくても10年後、20年後の糧となる」と自らを顧みながら話す。

 石川県中部の津幡(つばた)町出身。高校時代に同級生に誘われ、海上保安大学校を受験。ひょんなことがきっかけで進んだ道だが「直接人の役に立てて、国益にも直結する仕事」と今は天職だと感じている。

 趣味は3年前から始めたランニング。徳島での勤務は初めてで「美しい徳島の海岸沿いを走ってみたい」と柔和な笑顔をのぞかせた。横浜市に家族を残し、単身赴任。49歳。