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大阪大学医学部付属病院長になった金倉譲(かなくらゆずる)さん   2014/5/5 11:18
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大阪大学医学部付属病院長になった金倉譲(かなくらゆずる)さん 4月1日付で大阪大学医学部付属病院(大阪府吹田市)の病院長に就任した。病床数は1086床に上り、2千人以上のスタッフを抱える全国有数の医療施設のかじ取りを担うことになった。

 阪大医学部のルーツとなる私塾「適塾」を開いた江戸時代の蘭学者・緒方洪庵の名を挙げ「西洋医学の気鋭を数多く送り出し、世のために尽くした洪庵の精神に立ち返り、地域の拠点病院として診療、教育、研究の発展に努めたい」と決意をにじませる。

 上板町出身。上板中学校から城南高校へ進み、「人の役に立てる」と医学の道を志した。阪大医学部に入学し、大学院博士課程修了後、助手や米ハーバード大留学などを経て1997年に阪大教授となった。

 専門は血液のがんといわれる白血病や悪性腫瘍を扱う血液・腫瘍内科学。日本血液学会の理事長として全国の研究をリードする立場でもある。

 研究の傍ら、2003年に大学病院内に発足した「未来医療センター」の設立に携わり、06年までセンター長を務めた。最先端の基礎研究の有効性を評価し、医療への応用を進めようとの期待を込めて発足させたセンター。手や腕にまひがある患者の脳波を計測して意思を読み取るなど、新しい研究成果を生んでいる。

 国立大学法人化で病院経営には効率化が求められているが「まずは人材育成を進め、阪大ならでは医療の質を高めたい」と力を込める。病院長と同時に病院担当の副学長にも就任。他の学部に目を配りながら「ロボット技術を持つ工学部などと連携した病院の将来像も考えたい」。

 上板中時代は陸上部のキャプテンとして活躍した。趣味は読書と音楽鑑賞。長男は医師として独立し、神戸市東灘区で妻と2人暮らし。60歳。