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大塚製薬工場の社長になった小笠原信一(おがさわらしんいち)さん   2014/7/3 11:04
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大塚製薬工場の社長になった小笠原信一(おがさわらしんいち)さん 国内外に約160社を展開する大塚グループの発祥会社。100年近くに及ぶ歴史の中、創業家一族以外からの社長は初めてで、「大変なことになった、というのが率直な感想だった」。大塚一郎前社長から後継指名され、身の引き締まる思いで受けた。「お受けした以上、会社の発展に貢献したい。品質を第一に患者、医療従事者のベストパートナーを目指していく」と決意を語る。

 生まれも育ちも北海道。入社は偶然だった。「実は代打だったんですよ。同じ大学の内定者が入社できなくなって教授から声が掛かった」と打ち明ける。以来、釧路工場で工場長まで務め、2003年、初の道外勤務となる松茂工場長に就任。「徳島に骨をうずめる覚悟」と釧路市から一家で県内に移住した。05年からは生産本部長を務めるなど、一貫して品質管理や製造部門を歩んできた。

 「全てに正直であれ」を信条とする。さらに大切にしているのが、覚悟、情熱、志。「品質や技術でうそを言ってはいけない。その場で取り繕っても、信頼ある製品は生まれない」「情熱をもってやり続けないと革新的な仕事は生まれない」。常に自らに言い聞かせ、部下にも言い続けてきた。

 「大きな失敗もしたけど、今の自分があるのは、その経験も生かして正直に、熱意を持って仕事をしてきた結果かな」と振り返り、技術者として製品づくりに携わってきた責任と誇りがにじむ。
 物静かで穏やかなたたずまい。実直な性格で、周囲は「バランス感覚が優れている」と評価する。

 徳島での生活は10年を超えた。「食べ物がおいしく、何より雪がないのがいい」と笑い、休日に夫婦で徳島中央公園を散策するのが楽しみという。娘3人は結婚や就職で離れ、徳島市で妻と暮らす。60歳。