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3年連続で夏の甲子園出場を決めた鳴門高監督森脇稔(もりわきみのる)さん   2014/7/29 09:59
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3年連続で夏の甲子園出場を決めた鳴門高監督森脇稔(もりわきみのる)さん 宿敵・鳴門渦潮高との熱戦を制し、喜びを爆発させる選手たちをまぶしそうに見守った。

 黒崎小で白球を握り、鳴門一中から鳴門高へ。法大卒業後の1985年、24歳で母校の監督に就任した。新婚時代はグラウンドの近くにマンションを借り、雨が降れば水たまりを見に行った。遠隔地の部員のために部屋を用意し、母親や姉に食事の世話を任せた。

 甲子園出場へ情熱を燃やしたが、95年までの青年監督時代はあと一歩で届かなかった。指揮官を退いた5カ月後、鳴門高は15年ぶりに夏の甲子園の土を踏む。教え子たちの晴れ姿を喜びながらも「自分は甲子園に縁がないのかな」と一抹の寂しさを感じた。

 西武2軍監督の潮崎哲也さんら5人のプロ選手を育てた。しかし、レギュラーだけでなく、教え子全員のことを覚えている。中学時代は目立たなかったが、こつこつと努力を重ね3年生の夏は3番を打った小柄な内野手のことを時折、選手たちに話して聞かせる。

 2007年、母校の監督に復帰。10年夏以来、堰を切ったように甲子園に出場し、4季連続を含め今夏が6度目となる。12年以降、全国の普通科公立校で8強入りしたのは12年春と昨夏の鳴門高しかない。私学全盛の甲子園で出色の戦績を収めている。

 「鳴門の海に寄せては返す波は、岩をも砕く不断の力を秘めている」との意味が込められた校歌の一節がお気に入りだ。30年かけて名門・鳴門高を再興させた自らの監督人生と重なる。社会科教諭。鳴門市撫養町で夫人と2人暮らし。53歳。