徳島新聞Web

12月18日(月曜日)
2 2
17日(日)
18日(月)
4年連続で夏の甲子園出場を決めた鳴門高監督森脇稔(もりわきみのる)さん   2015/7/30 10:32
このエントリーをはてなブックマークに追加

4年連続で夏の甲子園出場を決めた鳴門高監督森脇稔(もりわきみのる)さん 九回裏2死、最後の打者の飛球が中堅手のグラブに収まると、マネジャーの肩をポンとたたいて優勝を喜び合った。「粘り強く最後まで戦った。引き締まったいいゲームができた」とナインをたたえた。
 
 エース河野や4番の手束ら主力の多くはまだ2年生だが、野球センスが光る選手が多い。「そこそこ戦える」と4連覇に手応えは感じていた。
 
 野球を始めたのは黒崎小時代で「周りのみんながやっていたから」。鳴門一中、鳴門高、法大に進み、1985年に母校の監督に就任。10年間、熱血指導を続け練習に明け暮れたが、甲子園には届かなかった。
 
 指導の転機は板野養護学校(現・板野支援学校)への異動。障害のある生徒一人一人の特性に応じた教育が求められた。その経験を生かし、2007年に母校に復帰した後は「野球部員とじっくり話をして、その部員に合った指導をするようにした」。10年夏に念願の甲子園切符をつかみ、鳴門は常勝チームになった。今回が春夏通じて自身7度目の甲子園出場となる。
 
 野球の練習では「同じようなことを根気強く、こつこつとやることが最も大切」と考えている。打撃、バッテリー、守備担当の3人のコーチもこの方針に基づいて教える。「コーチがよくしてくれるおかげ」と感謝を口にする。
 
 公民の教諭で、野球が一段落する冬には時事問題の書籍を読みあさって授業に役立てる。帰宅後はビールや焼酎で息抜きし、飲みに出掛けると野球談議にふける。鳴門市撫養町で夫人と2人暮らし。54歳。