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遠くでトーク
楠岡誠治さん(楠岡義肢製作所会長)   2017/4/4 11:20
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楠岡誠治さん(楠岡義肢製作所会長) 病気やけがで失った体の機能を補い、使用者の生活を向上させる義肢を京都府で作り続けて半世紀近くになる。「患者にとって『いいもの』を作ってきただけ」と笑顔で振り返る。

 山城町(現三好市)出身。4人兄弟の三男として生まれ、中学卒業後、大阪市の製菓会社で働き始めた。手に職を付けようと、25歳で義肢装具士に転職。京都市の義肢製作所で6年間修行を積み、1975年に独立した。

 事故により腕や脚を切断するなどした人や、股関節脱臼を患う乳幼児、背骨を支えるコルセットが必要な高齢者らのさまざまなニーズに合わせ、義肢を作り上げていく。「整形外科が今ほど一般的になる前から患者と向き合ってきた。古里の野山を駆け巡り、おもちゃを自作しながら遊んだ経験が義肢作りにも役立っている」

 近年は医療技術の進歩で義肢自体の利用は減っているものの、高齢化の影響などで治療用装具の需要が高まっている。歩行を助けるインソール(足底板)やスポーツで痛めた関節をサポートする装具の注文が多い。

 夫婦で始めた仕事は軌道に乗り、長男誠広さん(37)と次男良平さん(34)を含む10人からなる会社になった。2010年には、利用者の利便性などを考え、宇治市の工房を幹線道近くに移した。「マーケティングや流通に関しては、息子たちが入り飛躍的に進化した。今は培った技術を伝えていくことに力を入れている」と目を細める。

 「徳島人だという誇りが、これまでの人生を支えた」と言うほど、徳島への愛着は強い。それだけに、古里の過疎化に心を痛めている。「都会で努力するのも田舎で苦労するのも同じ。徳島の若者には頑張って活性化してもらいたい」とエールを送った。

 くすおか・せいじ 山城中卒。1965年、勤務していた製菓会社とは別の製菓会社立ち上げに携わったのを機に、大阪から京都へ移った。楠岡義肢製作所は2010年に株式会社化。顧客は日本全国に広がり、経営規模を拡大している。京都府宇治市在住、74歳。