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手塚慎太郎さん(東海大海洋学部野球部監督)   2017/9/19 10:52
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手塚慎太郎さん(東海大海洋学部野球部監督) 静岡市にキャンパスがある東海大海洋学部の野球部監督になって4年目。藍住北小3年で野球を始め、鳴門高、東京六大学野球の名門・明治大で培った経験を基に、指導力を発揮している。

 選手の多くが高校時代は補欠部員で「楽しくやれればいい」と入部してくる。技術、戦術の前に必要なのは「人間力」と、時間厳守、あいさつ、整理整頓といった規律を求め、意識改革を促した。深夜のアルバイトも基本的に認めず、単位を取れなければ練習に参加させない。あえて厳しく選手に向き合ってきたのは「一つのことに没頭する4年間であってほしい。つらかった体験が必ず後の人生の糧となる」。その哲学は徐々に浸透しつつある。

 鳴門高3年時の夏の甲子園切符をかけた県大会決勝で、川上憲伸投手を擁する徳島商業高に敗れた。主将で4番の自分が無安打に終わった。川上投手とは明治大でチームメートとなり、今でも年に1度は会う間柄で、「選手としては全く歯が立たなかった。実力を認めつつも負けたくないと思える選手が間近にいたことが野球人生のモチベーションになっている」と語る。

 2000年から東海大野球部(神奈川県平塚市)のコーチを務めたことが縁で同大の職員となったが、その後の異動で大学病院や中学校に配属され、10年以上も事務職に専念することに。「もう野球には戻れないと思ったこともあった」。それでも球界に戻るイメージを温め続けて雌伏の時を耐え、スポーツ推薦制度もないチームの強化に苦労は付き物と覚悟を決め、再びユニホームに袖を通した。

 「徳島の少年や高校生に伝えたい言葉は『挑戦なくして可能性なし』。どんなに苦しいことも耐え抜いたら光明が見えてくる」。現在、見据える目標はチームを過去最高位の全国大会ベスト4に押し上げること。チャレンジは続く。

 てづか・しんたろう 上板町出身。鳴門高校、明治大を卒業後、スポーツデータ分析の会社を経て、2000年から2年間、東海大野球部のコーチを務めた。00年のシドニー、04年のアテネの両オリンピックに野球日本代表の戦力分析スタッフとして参加。02年から同大の専任職員となり、11年から静岡市の同大海洋学部に異動。事務職を続けながら14年から現職。静岡市清水区在住。42歳。