太平洋に延びる横浪半島に抱かれ、約十二キロの深い入り江が続く半島北側の浦ノ内湾(須崎市、土佐市)。その穏やかな内海を「ドドドドドー」と音をとどろかせ、五トン船が波をけ立てる。
マダイ養殖の作業場などを横目に、湾の南北を縫うように航行。カニ漁の漁師も手を止めて船を眺める。
巡航船「くろしお」。公立の小中学校がない湾の南側の子どもたち約四十人を、毎日朝夕に運ぶ。子どもらの呼ぶ愛称は親しみを込めて「ジュンコウ」。夕方には船内のいすが宿題を広げる机に早変わりする。
一九五四年から須崎市が運航し、今では地域に欠かせない「足」。その起源は、空海が半島に青龍寺(土佐市宇佐町竜)を建立した平安時代にさかのぼる。
四国霊場三十六番札所・青龍寺の田中義了住職(65)によると、空海は寺を守るため、紀州から連れてきた大工ら「八人衆」をこの地に残した。当時は寺へ向かう橋や道がほとんど整備されておらず、参拝者らのために渡し船を出すように命じたという。
空海も次の地(四万十町)へ向かう際、湾を船で移動。八十八カ所の中で、船で海を渡ることが許された唯一の場所ともいわれる。
ただ、遍路は「歩く」イメージが強いためか、巡航船を利用するお遍路さんはわずかに月数人。「本当の遍路道は海の上なんですけどねえ」と田中住職。巡航船は「遍路の足」から「地域の足」へ役割を移した。
寺を訪ねた帰り、南部洋稔さん(47)=宇佐町井尻=が寺の石垣を修理していた。実は八人衆の子孫というが、「ばあちゃんは詳しい話を知ってたけど、おれはあんまり知らんで」とぽつり。石垣を修理するつち音に、脈々と受け継がれてきた遍路の歴史が感じられた。(高知新聞)
《メモ》青龍寺は高知自動車道土佐ICから県道土佐伊野線、宇佐大橋などを経由し車で25分。巡航船は、須崎市浦ノ内の埋立地区と坂内地区を結び、1日往復計8便。起点から終点まで所要時間は1時間7分。船賃は大人200-640円。小学生は半額。【写真説明】お遍路さんを運んだ船も今では地域に欠かせない「足」となっている=高知県須崎市浦ノ内