庭園に続く門に足を踏み入れると、手入れの行き届いた庭木や大小異なる石が並べられた風景が目の前に広がる。1941年に国指定の名勝に選ばれたこの庭園は、御殿内に設けられた大名庭園として知られる。
約400年前の安土桃山時代から江戸時代初期に豊臣秀吉の側近として仕えた茶人武将の上田宗箇(そうこ)が作庭したといわれる。
面積は約1・5ヘクタール。回遊式で壮観な風景を歩きながら眺められる。南側にはマツやソテツ、大きな石などが大胆に並ぶ「枯山水」、北側には池畔が広がる「築山泉水庭」がある。池畔には波の荒々しさに見立てた石組みがあり、見応えがある。
奇石や名石などが配置される中、ひときわ目立つのが、阿波の青石を用いた全長約10メートル、幅約1メートルの「枯山水の青石橋(踏割石(ふみわりいし))」。
この石橋は中央付近で割れており、それには逸話が残されている。徳川家から嫁いできた姫の陰謀により毒を盛られた初代藩主蜂須賀至鎮(よししげ)が、その苦しみと悔しさから石橋の上でじだんだを踏んで割ったという。
至鎮が35歳の若さで亡くなったことや徳川家が外様大名家の存在を快く思っていなかったなどの理由からこのような逸話が生まれたそうで、事実ではない。しかし、逸話を知って眺望すると名勝が一層楽しめるだろう。【写真説明】全長約10メートルの「枯山水の青石橋」=徳島市徳島町