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剣山の頂上付近に広がるミヤマクマザサのササ原。夏場は緑濃く、吹き抜ける風に葉がサワサワと静かに音をたてる。登山者の目と耳を楽しませる象徴的な景観だった。
古くから登山者に親しまれていた剣山のササ原の消失が目立ち始めたのは、昭和40年代後半。観光道路の開通、リフトの完成で急激に増加した登山者の靴に踏まれ、昭和50年代には細かった登山道が急激に広がり、三角点付近は土がむき出しの裸地になった。
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「昔の剣山を知っている者にとっては耐え難い光景だった」と天野親聡さん(66)=石井町藍畑。山に人が登れば、山の自然環境は確実に破壊される。「その中でいかに山の自然を守っていくかを考えるのは、登山者の義務。避けて通れないんです」と強調する。
1993年、天野さんは所属する勤労者山岳連盟の登山者を中心に「剣山のササをよみがえらせる会」を立ち上げた。趣旨に賛同した作家の瀬戸内寂聴さんを初代会長に迎え、ササ原の実態を調査して保護。剣山の環境保全を広く訴えた。
この活動には背景があった。昭和50年代に剣山の兄弟峰で一面をササに覆われたジロウギュウの東斜面を横切る遊歩道を造る計画が持ち上がり、一部が開削された。これに登山者を含む多くの県民が反対し、計画を中止させた。
「ジロウギュウでの成果が剣山のササ原を守る活動につながっていった」と天野さん。行動を始めたメンバーは、ササ原保護と同時にゴミ問題にも取り組み、クリーンハイクを繰り返した。環境保護に無関心だった人たちにも、自然を守る思いが伝わっていった。
民間の活動と声に行政も動き、ササ原の保護回復事業が始まり、ササ原への立ち入りを制限して回復を図るための木道が94年に造られた。現在は山頂一帯が木道化され、ササの自生回復も進んで、徐々にかつての姿を取り戻しつつある。
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一方で、山頂付近のササ原が回復する中、数年前から剣山系のあちらこちらでササが円形に枯れる現象が起きている。
剣山から一ノ森へ向かう登山道で、チューブをくわえて枯れたササから何かを吸い取っている人に出会った。和田賢治さん(73)=鳴門市大麻町。日本昆虫学会会員の和田さんは、ササが枯れる原因のササコナフキツノアブラムシを調査するため採集していた。
「この虫が葉を枯らしているんですよ」と和田さん。枯れた部分を追跡調査した写真を見せてもらうと、茶色く円形に枯れたササの中央から再び緑が現れている。「このアブラムシは生態がよく分かっていないので断定できないけれど、完全に枯らしているわけではないようだ」と話す。
学術調査のため剣山に研究者が入ったのは古く、明治期には植生調査などが行われている。見つかった新種も多く、「ツルギサン」の冠を付けた昆虫や植物も多い。
しかし、和田さんによると、全容は分かっていない。徳島の大学には動植物を研究する専門学部がない。研究家も限られているのが実情で、和田さんは「剣山は、そこにあるものすべてが魅力的な山。このアブラムシもそうですが、まだまだ調べたいことはいっぱいありますね」。
豊かな自然を抱え、古くから多くの人々とかかわってきた剣山は、これからも多様な人々に愛されていくだろう。(写真美術部・吉本旭)
=おわり【写真説明】枯れたミヤマクマザサの葉からアブラムシを採集する和田さん=剣山-一ノ森間の登山道