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阿波おどり
難病と闘う女性 「ねたきりになら連」で初舞台   2016/8/14 11:54
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難病と闘う女性 「ねたきりになら連」で初舞台 徳島市の阿波踊り2日目の13日、視力障害や両手足のまひを伴う難病と闘っている矢部由貴さん(35)が、街の中で阿波踊りを踊りたいという夢をかなえた。踊り手として加わったのは「ねたきりになら連」。市役所前演舞場では、ひときわ輝く笑顔で初踊りを楽しみ、支えてくれた人々への感謝と生きる喜びを夢舞台で表現した。「踊りは病気に負けない勇気をくれた」。矢部さんはそう語る。

 矢部さんが原因不明の病魔に襲われたのは4年前だった。突然の胃腸の痛みと止まらない吐き気。病院を転々とし、ようやく昨年の精密検査で難病の「多発性硬化症、視神経脊髄炎」と診断された。

 一時は息ができなくなり、意識不明に陥ったが、何とか病状は安定した。だが、両目の失明と両手足にまひが残り、現在は徳島市の協立病院で入院生活を送っている。

 そんな矢部さんの心を救ったのが阿波踊りだった。理学療法士から阿波踊り体操を取り込んだリハビリを勧められ、「落ち込んだ気分がすっとし、素直に楽しいと感じた」。

 性格も明るくなり、いつしか「街中で踊りたい」という夢を持つようになった。脳血管障害のある患者やボランティアらでつくる「ねたきりになら連」の存在を知ったのは5月。参加希望を伝えたところ、快諾を得た。

 念願の初踊りでは夫久雄さん(35)の付き添いで、腕を振ってリズムを取りながら「寝たきりにー、なられんよー」と声を上げ続けた。心地よい三味線や太鼓の音色と共に、桟敷客の温かい拍手が聞こえ、矢部さんの頬に涙が伝った。

 浴衣の胸元には、この世に生まれてくるはずだった娘のエコー写真を忍ばせていた。「名前は穂花(ほのか)って考えてました。こうして親子3人で踊ることができました」。踊り終えると感無量の表情で、周りのボランティアらに「ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返した。

 連は1993年の結成以来、全国から集まった大勢のボランティアに支えられて毎年演舞場に繰り出している。矢部さんは「もっと連を知ってもらえるように、私も頑張って踊り続けたい」と笑顔を見せた。
【写真説明】街の中で阿波踊りを踊りたいという夢をかなえた矢部由貴さん(手前)と、付き添った夫の久雄さん=市役所前演舞場