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瀬戸内寂聴
寂聴さん・美輪明宏さんトークショー(上)   2015/8/6 13:00
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寂聴さん・美輪明宏さんトークショー(上) 長崎市で開かれた、徳島市出身の作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんと長崎市出身の歌手美輪明宏さんのトークショー。長崎県美術館(長崎市)で開催中の「瀬戸内寂聴展」(長崎新聞社など主催、31日まで)の関連事業として、「戦後70年、これからを生きるあなたへ」をテーマに、文化や平和について幅広くトークを繰り広げた。2回にわたって紹介する。

 寂聴展と2人の出会い

 美輪さん 交友があった三島由紀夫さんや川端康成さんらの写真とエピソードが並ぶ展示が素晴らしくて涙ぐんだ。明治から大正、昭和初期といった文化が爛熟した古き良き時代のロマンが会場全体に漂っていて、良い時代を生きてらしたんだなと。

 寂聴さん 私は93歳で、去年はずっと病気をしていたし、近く死ぬかもしれない(笑)。冥土の土産と言うけど、私がこの世で生きた間に素晴らしい人たちとお付き合いしたことは、あの世へのお土産。美輪さんと私が仲が良いのも不思議でしょ。前世の縁か、ふとしたことから仲良くなった。

 美輪さん 雑誌の連載小説「女徳」を読んで、面白いと思ったのが出会い。後にインタビュアーとして私の部屋まで来てくれた。

 寂聴さん 真ん中に天蓋付きのベッドがあって、押し入れはグリーンのビロードで覆ってあるの。小さな鏡台に化粧品が並んでいるのを「こんな小さな鏡台からあんな美しい人が生まれるんだ」と眺めた。初めて会ったのに、ずっと昔からのお友達のように話をした。

 美輪さん 細かいところまでよく覚えていらっしゃる(笑)。「ヨイトマケの唄」が大当たりして、寺山修司さんとアングラを始めようとしていたころね。

 寂聴さんの作品

 美輪さん 「女徳」は、波瀾万丈の人生を送り出家した実在の尼さんの物語。瀬戸内さんの生き方を暗示しているようだ。

 寂聴さん 川端康成さんが私の小説「夏の終り」を批評した手紙に「これは女徳だ」と書いてくれた。大きな言葉だなと思ったから、川端さんに電話して「週刊誌の連載の題に先生の『女徳』という言葉を使ってもいいですか?」と尋ねると「お使いなさい」と言ってくれたから使ったの。

 美輪さん 「源氏物語」も素晴らしい。いろいろな人が訳しているけど寂聴さんのものがベターだと思う。

 寂聴さん 70歳で書き始め、6年半かかった。女性たちは光源氏というドンファンのために非常に苦労するけど、出家した途端心が大きくなる。今まで仰ぎ見ていた源氏を見下ろすようになって心が救われるのが素晴らしいと思った。

 美しさとは

 寂聴さん 美輪さんが「自分は人より美しい」と自覚したのはいつ?

 美輪さん 小さいころから言われてありがたみがないの。家業がカフェとお風呂屋さんで、外見と内面の違う人を見てきた。容姿や肩書ではなく、心の純度がどれだけ高く、思いやりがあるかを見るようになった。容姿は見られなくもないという程度でいい。

 寂聴さん 美しく生まれたからそうおっしゃるの。色白でかわいい姉の後に生まれた私をみんなほめないの。鼻が低くて色が黒い。うらめしくてしょうがない。母は「頭がいいから卑下しなくていい」と言う。自分が産んだのに。どうしてかわいく生まれなかったか、ずっと腹が立ってた(笑)。

 美輪さん でもね、戦前戦時中は封建主義、軍国主義の世の中で、美しい着物を着ていたら警察に連行されてもんぺに履き替えさせられ、男は坊主頭で国民服という時代でしょ。「女の腐ったみたいな顔」と言われ、いじめもたくさんあった。

 心のありよう
 
 美輪さん 新興宗教や霊能者はいんちきが多いので寄りかからないほうがいい。

 寂聴さん 日蓮宗も天台宗も最初は新興宗教だったけど、いい宗教だから今まで残って既成仏教になった。本当にいい宗教は残るけど、今の新興宗教はあっという間に大殿堂が建つ。本当の宗教はお金がもうからない。お金を取る新興宗教はやめなさい。

 美輪さん 自分を助けるのは自分自身。苦しみ悲しみを持っていない人、全てに恵まれている人は一人もいないと思うから、私は人をうらやむことがない。雨露をしのげる家とそこそこの着る物食べ物があって、愛する友達や家族、恋人がいれば、平和で幸せ。腹八分が人生のこつだと思う。
【写真説明】文化や平和について幅広く語った寂聴さん(左)と美輪さんのトークショー=長崎市内(長崎新聞社提供)