昭和南海地震の被災体験を語り伝えている豊田さん=阿南市福井町湊

 徳島県内で202人の犠牲者が出た「昭和南海地震」(1946年12月21日)から今年で70年を迎える中、「語り部」として大津波などの惨禍を伝承する活動をしている被災体験者らが、県内で少なくとも15人いる。多くが80~90代の高齢者で、地域の集会や学校などで「地震が来たらすぐ逃げろ」と教訓を伝えている。熊本地震の発生で大災害に関心が高まっており、語り部の存在は一層重みを持ちそうだ。 

 徳島新聞のまとめでは、語り部をしたことがあるのは阿南市6人、海陽町5人、牟岐町3人、美波町1人。このうち13人は実際に津波を体験した。94人の死者が出た海陽町では、体験者以外に2人が被災者から聞いた話を基に、語り部をしている。

 美波町西の地の真南卓哉さん(91)は20年以上、地元小学校などで子どもたちに語り続けている。膝上まで潮位が上昇した中を、曽祖母と祖母を連れて近くの山へ避難した。「津波は怖い。地震が来たら、高い所へ上がることを常に考えてほしい」と力を込める。

 阿南市福井町では、自主防災連絡会が2010年4月に結成されたのを機に、語り部活動が始まった。福井小5年生の授業で被災体験を話している。

 語り部の一人、豊田邦和さん(86)=同市福井町湊=は、津波で堤防が決壊するのを見た。「大きな地震の後に津波が来る。地区に住んでいたら一生に1回はある」という曽祖父の言い伝えを覚えており、子どもたちには「自分で逃げ、自分の命を守るという意識を持ってほしい」と訴える。

 年月とともに震災体験を語れる人たちは減っている。語り部の言葉を残そうと、美波町の西の地防災きずな会は11年、体験談をまとめたDVDを制作した。