遠足ばかりではない。遠出するときに持たされたのは、おにぎりである。両親にしてみれば、戦時中の記憶があったのかもしれないが、電車や車などの行く先々で何に遭遇するか分からない。その備えだった

 作家の下重暁子さんの、おにぎりの思い出を書いた一編が「昭和、あの日あの味」(新潮文庫)にある。NHKに入局した新人の頃。名古屋に転勤して3カ月後の1959年9月、伊勢湾台風に遭遇する。先輩アナウンサーの野際陽子さん(女優、故人)とともに取材し、何も口にしていなかったことに気づく

 近くの先輩の家でおにぎり二つを手にし、それが格別、おいしかったと述懐している。地震、台風などの災害時、配られたおにぎりを両手で受け取る人がどれほどいることか

 わが同僚の家ではかつて、台風の度、おでんをたくさん作った。停電や断水への備えの一つだった。それでも台風一過、ほっとしながらも、朝昼晩と食卓に上るおでんは子ども心につらいものがあったという

 台風24号の足音が高鳴っている。あすは西日本で大荒れの天気になる恐れも。先の台風21号の爪痕も、西日本豪雨の被害も癒えていないこの時期に、自然の脅威はお構いなしである

 無常、無情と、なすすべのない今を嘆きたくもなるが、空腹をしのぐ備えは十分に。早めの避難も心掛けたい。