自分が本当に成したいこと以外を捨てられるかどうか。
大学卒業間際に起業した。ずっと起業したかったから。高校生の時にインターネットが出現して、これまでの産業社会とは違う、情報社会という新しい社会を迎える予感がした。だから自分も新しい社会の一員として何か新しい、未来をつくれたらいいなと思った。企業に所属するという考えはなかった。新しい社会が始まるときには新しい会社しかないわけだから。
初めはピンチだった。お金もないし、どうやって稼いでいいか分からないし。一緒にやってくれる友達を見つけて説得するのも大変だった。乗り越えられたのは、起業以外の選択肢がなかったから。就職って、個人としてそれなりに完成度が高くないとできない。朝ちゃんと起きるとか、時間を守るとか、メールに返信するとか、電話を受けるとか、自分にはちょっと無理そうだった。
起業に一つ必要なものは、自分が絶対に譲れない何か以外を全部捨てられるかどうかということ。家族とか、人間関係とか、見えとか、みんな意外と捨てられない。どれもこれも大事って言うじゃん? でも何かを成すときには、本当に成したいこと以外をたくさん捨てないと、何もかもは難しいと思う。起業当初は自分も、チームラボがチームラボとしてやっていけるということ以外をある意味で捨てたんだよね。
今のチームラボがベストな状態だとは思っていない。でもチームラボがあるから自分は社会に存在できている。感謝というか、チームラボがなければ猪子寿之という人間は1ミリも価値がない。チームラボが自分の存在理由になってしまった。
起業家が育つ環境に必要なのは寛容性。法的、倫理的な寛容性が絶対に要る。シリコンバレーも地理的、歴史的にそういう土壌があった。日本みたいな中央集権的な国では難しいかもしれないけど。
いのこ・としゆき 2001年、東京大学工学部卒業と同時にチームラボを創業。デジタル技術の専門家集団として、国内外でアート作品を発表する。東京・台場の日本科学未来館で開いた企画展に46万人を動員。米ニューヨーク、シリコンバレーでの個展を成功させ、3月にはシンガポールに初の常設展を設けた。23日にオープンする川口ダム自然エネルギーミュージアム(那賀町)に「お絵かきスマートタウン」を常設展示。12月16日から25日まで徳島市で開かれる「徳島LEDアートフェスティバル」の芸術監督を務める。39歳。徳島市出身。