しこ名に出身地を示す山や川、海はなく、花も付かないが、土俵の華だったのは間違いない。第54代横綱で14回にわたり幕内優勝した輪島大士さん

しこ名の「しこ」に漢字をあてるなら「醜」といわれ、<邪気を払う人の名前という意味合い>だったが、四股を踏むことから<江戸時代に「四股名」という字もあてられるようになります>と33代木村庄之助著「力士の世界」(角川ソフィア文庫)にある

その四股を黙々と踏んだ。素早い踏みこみで、左前まわしを引いて組み止める。そして下手投げ。午後6時前のテレビ桟敷、かつてどれほどの人が、この取り口にうなったか

しこ名は本名で通した。場内アナウンスが今も耳に残る。「石川県七尾市出身、花籠部屋」。黄金の左は華であり、金色の締め込みはまぶしく見えた

角界のプリンスと呼ばれた元大関貴ノ花と人気を分け合い、ファンの層を広げた。「輪湖時代」を築いた第55代横綱北の湖とは、竜虎相うつようにぶつかり、土俵を盛り上げた。1981年春場所限りで去ってからの37年、華やかさとは縁遠かったようだが、筆者世代にとってはスターだった

輪島さんが逝き、「私ならでは」の一番はと話に花が咲いているかもしれない。私のは、74年7月の名古屋場所千秋楽で、北の湖を破った一番だ。もちろん左下手投げで。