当事者となって変えようと思うかどうか。
僕の場合、起業の原動力は二つある。一つは会社を大きくしたいという純粋な経済的欲求。もう一つは、僕がやった方がうまくやれると感じたときだ。
スマートフォンを使って鍵を開閉できる「スマートロック」のビジネスを手掛けているが、これを僕がなぜ始めたか。
数年前、初めて投資物件としてアパートを買った。空室ができると、仲介不動産業者が部屋を探している人を連れて内見に来る。家主としてはどのくらい内見が来て、駄目だったら何が駄目だったのかというのを知りたいのに、一切フィードバックがなかった。
玄関にスマートロックをつけていると開閉情報がデータで残る。何月何日に出入りがあって、滞在時間がどのくらいというのが分かる。米国の商品を取り寄せたが、品質が悪かったので、ソニーに提案して新しい会社「Qrio(キュリオ)」をつくった。そういう流れだった。
基本的にはもっと賢い消費者になりたい、もっと便利にしたいと思ったときに、誰もやろうとしていなければ自分でやろうと思う。
例えば、住んでいる周辺においしいコーヒーを飲める場所が全くないとする。飲める場所をつくりたい、自分も行きたいという発想が起業を目指す思いにつながる。当事者となって変えようと思うかどうかの違い。
挑戦を軌道に乗せるには修業もいる。最初からうまくいくケースもあれば、うまくいっても次は失敗するかもしれない。僕の場合、サイバーエージェントという会社でトライアンドエラーを数多くやらせてもらった。
何回もやっていると絶対にやってはいけないミスとか、うまくいく確率が高くなるマネジメントの仕方とか、そういう経験値が積み重なる。どれだけ経験できるか、あるいは経験した人が身近にいるかどうかで変わる。
インキュベーションオフィスみたいに、多少分野は違っても挑戦しようとしている人がある程度集まっている場があると、交流の中から人のトライアンドエラーを聞けることもある。そうすると成功確率は上がる。チャレンジする文化を徳島に根付かせるためにも、そういうコミュニティーの存在が必要だ。
自分が消費者としてターゲットとなるような事業がうまくいく。その事業をやるときのお客さんの顔が分かるから。自分だったら、これが欲しいとか。そういうのが一致しているとうまくいく。日頃から思っていることがあるけど、何らかの理由でやれていないという人が一歩を踏み出す場所に、アワードがなればいいと思う。
さいじょう・しんいち 1973年、阿波市生まれ。96年、早稲田大法学部卒業後、伊藤忠商事に入社。2000年にサイバーエージェントに入社。多くの新規事業、子会社の立ち上げに携わり、複数社の代表取締役を歴任。08年、サイバーエージェント専務取締役COOに就任、10年から約2年間は米国法人の社長を兼務し、シリコンバレーに駐在。12年よりWiL共同創業者ジェネラルパートナー、Qrio代表取締役、コイニー取締役。43歳。