【第12回】名物酒場 夜の路地裏に潜む文化

3日間で85作品が上映された徳島国際映画祭=徳島市のあわぎんホール

 都内の二つの飲み屋で、それぞれ偶然隣り合わせた客の口から、徳島市内にある一つのバーの名前を聞いた。客の一人は建築家で、もう一人は舞踏家だった。建築家は十年近く前、仕事で徳島市内に滞在した折、なんとなく立ち寄ったら妙になじんでしまい、仕事が終わったにもかかわらず滞在を延ばして、連日通ってしまったのだという。

 「ママさんと今でもたまにハガキのやりとりしてるんですよ。元気でやってるかなあ」

 舞踏家はどういった経緯でその店を知ったのかは教えてくれなかったが、ただ一言、「あそこは行くべきだよ」と言って遠い目をしながら、たばこをくゆらせていた。

 それから半年がたって、今年も徳島の映画祭にゲストとして呼ばれることになった。去年に引き続いての誘いで光栄だったが、心は件(くだん)のバーの方に傾いていた。参加するトークイベントの前日、僕は前乗りして1年ぶりに徳島の土を踏むと、居酒屋で軽く一杯やって景気をつけてから、夜の街に出た。

 そのバーは若い店が立ち並ぶ大通りを一本入った繁華街の外れ、人通りの少ない薄暗い路地裏にあった。朽ち果てたような外観に、思わず笑みがこぼれる。本当の酒飲みは大通りを歩かない。

 年季の入った木の扉は軽く傾いているらしく、開けるとき、地面に重く引っかかった。客は誰もいない。バーカウンターの上は半分酒のボトルに占拠されている。その奥、暗闇一歩手前の灯(あか)りの中に、女主人がたたずんでいた。

 ウイスキーのソーダ割りを頼むと、ロックみたいな濃さのものが並々とつがれて出てきた。カセットテープでブルースが流れている。一見なのに常連の気分を味わわせてくれるのは、こびを売らないママの客あしらいのうまさによるものだろう。

 客が店を選ぶのではない。店が客を選ぶ。そういう店が僕は好きだ。開店してもうすぐ半世紀になるという室内のあちこちに歴史が落っこちていた。壁に何枚も貼られている客の写真の中に、建築家の顔もあった。

 映画祭は今年から「短編」という言葉がなくなって、正式に「徳島国際映画祭」となり、本格的に長編映画も上映するようになった。来場者数も、去年より伸びたという。

 トークイベントに参加した夜、近くの店で打ち上げが行われた。大人数が苦手な僕は、一つ所で動かない。ふいに、昨夜のバーの静けさが恋しくなってくる。宴席をやり過ごすと、僕はまた一人で裏路地を歩いた。

 バーには今日もママ一人。僕の顔を見ると、「来ると思ってたわ」と笑ってみせる。ロックみたいに濃いソーダ割りのおかげで、その晩もしこたま酔っぱらってしまった。文化は見えないところにも潜んでいる。(徳島県三好市出身)=月1回掲載