「ギムレットってさあ」。気負って切り出したのにバーの主人、気が利かない。「フィリップ・マーロウやろ」。おいおい、それは今晩の俺のせりふだぜ

 ギムレットはジンとライムジュースで作るカクテルだ。「ライムはローズ社だよね」と訳知り顔で付け加えると、これもいけない。「あれね、今の時代、甘すぎて使えない」。ギムレットには、きりという意味もある。主人、やたら鋭い

 タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない―。米作家チャンドラーが世に送った私立探偵マーロウは、こんなことをさらりと言う男である。よく知られた名言だが、清水俊二さんや村上春樹さんの訳なら実のところ、もう少しあっさりしている

 ハードボイルドになり損ねたこの夜は、東京で暮らす同級生を囲んでの一杯。音楽業界で活躍する彼は、いつも新鮮な話題を提供してくれる。当方と違って、しゃれたせりふが板に付いている

 でも同級生とは不思議だ。業界で一目置かれていても、帰ってくれば仲間の一人。教育に身を置く者、インフラを支える者、福祉に生きる者、孫ができて本当のばあちゃんになった者、そうそうバーの主人も。皆同等だ

 さまざまあって今、現在。帰り道に一度、声に出さず叫んだ。「これでいいのだ」。全てを肯定したくなる夜がある。