ねえ、母さん、やるだけの価値があるんだろうか? 舞台を見るたび学生時代に読んだ「演劇―なぜ?」(晶文社)の一節が思い浮かぶ

 舞台に関わる人たちは常に意識しているはずだ。書きたいテーマか、役者は演じきれるか、観客に届くだろうか…

 鳴門市大麻町にあった板東俘虜(ふりょ)収容所のドイツ兵捕虜によるべートーベンの「第九」アジア初演から100年。当時の交流を描いたミュージカル「よろこびのうた」を徳島市のあわぎんホールで見た。捕虜と老舗旅館の一人娘の恋物語を中心にした創作だが、史実や舞台をより近くに感じたのは小欄だけではあるまい

 クライマックスでは<フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン・・・>と、観客も一つになって歌った。カーテンコール後も拍手が鳴りやまず、再び主役が舞台へ

 一人娘の父を演じた中村元紀さんは「演者だけでは成り立たない舞台。お客さまと空間を共有し、シンパシーを感じてもらえるのがうれしい」。そんな空間のすぐそばにあるのは、収容所を人道的に運営した松江豊寿(とよひさ)所長の住まい跡。松江が信条としていた「武士の情け」と刻んだ碑が舞台を守護するように見守っていたに違いない

 涙が頬を伝いながらも、笑顔の人がどれほどいたか。人も古里もいとおしくなる舞台。「よろこびのうた」徳島公演はきょうまで。