特設コーナーに並べられた田中角栄元首相の関連本=徳島市の紀伊國屋書店徳島店

 田中角栄元首相に関する本が今年に入って次々と出版され、徳島県内でも人気を集めている。金権政治に批判はありながら、閉塞感が漂う現代の政治や経済を憂う人たちが、その強力なリーダーシップを再評価しているとみられる。元首相は「阿波戦争」と呼ばれた1974年の参院選徳島選挙区の戦いにも積極的に関わっており、徳島ともゆかりが深い。当時の選挙関係者も今回のブームを受け、元首相の魅力を改めて思い起こしている。

 徳島市の紀伊國屋書店徳島店によると、元東京都知事で作家の石原慎太郎さんが、元首相を語り手として書いた小説「天才」(幻冬舎)を1月に出版したのがブームの火付け役となった。店内に「角栄本」を並べた特設コーナーを設け、順調に売り上げを伸ばしている。購買層の大半が、元首相の現役時代を知る中高年という。

 県内に8店舗を持つ平惣(本社阿南市)では、各店で「角栄本」を5~8種類扱っている。「天才」はこれまで、平惣でベストセラー本と見なしてきた売り上げ冊数の2倍に当たる約800冊が売れているという。

 元首相は首相時代の74年7月の参院選で、選挙遊説のために徳島を訪れた。当時新人ながら元首相の推しで自民党の公認を得た故後藤田正晴さんと、阿波市出身で元首相の次に首相になった故三木武夫さんの派閥に属する現職の故久次米健太郎さんが、県内の保守層を二分する「三角代理戦争」を展開した。

 健太郎さんの長男で藍住町長や県議を務めた久次米圭一郎さん(81)=同町奥野=は、元首相がヘリを使うなどして徳島に2度入ったことを覚えている。選挙は健太郎さんが勝利したが「敵ながら、田中さんがこの選挙に懸けていると強く感じた」と振り返る。

 道路特定財源を生み出す揮発油税の創設など、その後の「国のかたち」をつくる33本の議員立法を成立させ、中国との国交も回復させた元首相。「本当に天下国家のために働いた人。当時も今もあれだけの政治家がいないことが、没後何十年たっても注目を浴びる理由では」と語る。関連本は「天才」を含め、何冊も買って読んだという。

 一方、長年にわたり後藤田さんの選挙を支えた元県議の原田弘也さん(84)=徳島市国府町府中=は、東京・目白台の田中邸を訪れた際、元首相から「私がいくら応援しても(実際に後藤田を)中央に送り出してくれるのは君たちだ」とハッパを掛けられたことを覚えている。

 「若造の地方議員を励ましてくれ、これはやらなあかんと力が入った」と原田さん。元首相の人心掌握術を身を持って知ったという。角栄ブームについては、元首相が高等教育を受けずにたたき上げで国のトップに上り詰めたことを挙げ「読者には、今では考えられない成功物語への憧れもあるのかもしれない」と指摘した。

 「歴代総理の通信簿」(PHP研究所)などの著書がある徳島文理大の八幡和郎教授(政治学)は、元首相の金権政治を批判した上で「高負担低福祉の今の時代、田中氏がばらまき政策をしていたころに戻りたいという思いも、購読者のどこかにあるのではないか」と分析している。