「あの人のママ」と、うちの「おかん」が、母親という共通項で結ばれるとは到底思えなかった。1970年代。東京は限りなく東京で、地方は限りなく地方だった。母を「ママ」と呼ぶしゃれた子どもは、少なくとも友人にはいなかった

 ラジオから流れる松任谷由実さんの「ルージュの伝言」を聞いて、別の世界とは本当にあるものなんだなあと、いたく感心した記憶がある。そもそもルージュって何だ?だった

 浮気な夫に怒り、妻が夫の実家に乗り込む。曲調が軽快だから思いもかけなかったが、後年、歌詞の意味が分かるようになれば、相当な修羅場である。演歌なら命のやりとりすらありそうだ。「しかってもらうわ」で済んだのか「マイ・ダーリン」

 「高い音楽性と同時代の女性心理を巧みにすくい上げた歌詞は世代を超えて広く長く愛され、日本人の新たな心象風景をつくり上げた」。優れた文化活動に贈られる菊池寛賞に選ばれた松任谷さんの受賞理由である

 連れ合いに従って先日、広島でのライブに出掛けた。場違い、でも始まれば耳にしたことがある曲ばかり。しゃれた恋とは縁遠かったが、ともかくも、同じ時代を歩いてきたのだった

 デビューから45年。アイデアはまだまだ尽きないという。これからも見たことのない風景に、聞く者をいざなってくれるのだろう。