危険は百も承知だ。運がなければ命を落とす。それでも、ジャーナリストは現場へ向かう。内戦下のシリアで行方不明になって3年4カ月。安田純平さんが解放され、帰国した

 米軍が侵攻したイラクで、日本人を狙った人質事件や襲撃が相次いだ2004年、安田さんも一時、武装勢力に拘束されたことがある。「無謀な行動をするからだ」との自己責任論が政府、与党内からも噴出した

 ひるまずに戦場へ通った。テロ組織は、世界から見捨てられた場所で育つ。「独裁政権下で弾圧される人々の内実を伝えなければ、日本の国際支援も成り立たない」。そんな考えからだ

 あの時のように個人攻撃をしても何ら益はない。かといって英雄視する必要もない。しくじった、との思いが誰よりも強いのは、プロの取材者である安田さん本人だろう

 解放は、官邸を司令塔とする「国際テロ情報収集ユニット」を中心に各国へ働き掛けた結果だという。カタールやトルコに丸投げせず、日本も主体的に関わったのなら、どうして3年4カ月もかかったのか、明らかにしてほしい

 身代金の問題など機微に触れる情報もあって、全ては難しかろうが、同じ時期に拘束されたスペインのフリー記者3人は約10カ月で解放されている。なのに、との疑問は残る。議論すべきことの一つは、そこではないか。