修理された青山さんのたんす

 婚礼家具といえばたんすという時代があった。近年はクローゼットを備え付けた住宅が増えたほか、低価格品が数多く輸入され、徳島県内でもたんすの製造や販売数量は減っている。その一方で思い出が詰まったたんすを大事にし、修理して次世代に引き継ごうという人は少なくない。

 徳島市三軒屋町外の青山多賀子さん(81)は80年以上前のたんすを修理した。昭和初期、神戸市で貿易商を営んでいた祖父が、一人娘である多賀子さんの母のために用意した婚礼家具だった。

 青山さん一家は太平洋戦争の勃発後、脇町に疎開。母の花嫁衣装の帯と着物を入れたたんすも一緒だった。生活は苦しく、家具や着物などを食料と交換する日々が続いたが「母はたんすだけは手放そうとしなかった。戦火を逃れて神戸から運んだ花嫁道具なので、愛着がひとしおだったのでしょう」と思いをはせる。

 青山さんがたんすの修理を決めたのは昨夏。「母の形見を捨てるのはしのびない」と徳島市立木工会館に相談すると、江渕鏡台店(徳島市末広1)を紹介された。

 木工職人歴約70年の指物師松田正治さん(83)は「一目見て良い物だと分かった。目立った傷もなく、大切に使われてきたことが伝わってきた」と言う。桐と並ぶ高級木材の桜と桂を部位ごとに使い分けて作られており、松田さんが木の部分の塗装をはがして研磨し、再び色を塗った。

 金具は全て外し、さびを除去した後、色を塗り直して再び取り付けた。わずか10日ほどで新品同様に生まれ変わった。費用は25万円。「新しく買った方が安かったかもしれませんが、母は喜んでいるはず」と青山さんは満足そうに話す。

 同店は「RE KAGU(リカグ)」と銘打って、約10年前から傷んだ家具を修理する事業に力を入れ始めた。当初、注文は年間10件ほどだったが、徐々に増加し現在は約100件に上る。たんすのほか、ダイニングテーブルの修理依頼も数多い。

 虫食いの穴などは全く問題がなく、一部が朽ちているような家具でも修理することができる。古いたんすが今の住まいに大き過ぎて、テレビ台としてリニューアルしたこともあるという。

 県の統計によると、ピーク時の1990年、たんすを含む家具・装備品の製造に県内では486事業所が携わり、出荷額は1158億円に達していた。

 しかし、その後は衰退の一途をたどり、2016年には79事業所、出荷額202億円まで落ち込んでいる。業界を取り巻く環境は厳しいが、手作りのたんすなどには輸入品などでは味わえないぬくもりがある。

 木工会館を運営する徳島市地場産業振興協会の上杉和夫理事長は「木工産地として伝統のある徳島には、今でも熟練の技を持つ職人が残っており、たんすなど古い家具を修理するのも一つの選択肢としてある。手作り品の味わいを大切にしてほしい」と話している。