徳島市教委は14日、同市渋野町にある県内最大の前方後円墳「渋野丸山古墳」の発掘調査の結果、古墳の祭祀(さいし)用スペース「造出(つくりだし)」の全貌が明らかになったと発表した。これまで、造出の位置は分かっていたものの、形や高さは不明だった。四国の古墳では初めて「ざる型土器」も出土し、畿内との関わりが深い人物を埋葬した可能性が高まった。17日に一般公開する。
市教委によると、造出は古墳の前方部と後方部がつながるくびれ部分にあり、幅約12メートル、奥行き約5メートル、高さ約2メートルの台形。頂上部分から円筒形埴輪(はにわ)2点が見つかり、斜面に敷かれていた葺石(ふきいし)の隙間などから、ざる型土器や埴輪などの破片が多数出土した。
出土したざる型土器はざるに土を入れ、別のざるを押しつけて形と模様を作っている。同じ製法の土器が畿内の古墳で見つかっていることから、畿内と交流のある有力者が埋葬されたとみられる。
また、堆積していた地層を分析した結果、造出は更地に土を盛って造ったのではなく、もともとの山を削り、盛り土をして形を整えていることも分かった。
市教委社会教育課は「畿内との深いつながりを感じさせる出土品と合わせ、被葬者を知る端緒になる。また山を削っていることから渋野丸山古墳は比較的労力の少ない方法で造成されたと推定される」としている。
渋野丸山古墳は5世紀前半に造られたとされている。墳丘の全長が約105メートルで、四国では2番目に大きい。造出は大山古墳(仁徳天皇陵、堺市)などの大型前方後円墳にあるが、四国では渋野丸山古墳でしか見られない。