戦後再刊した徳島新聞の第2号となる1945年10月2日付の新聞=写真=が大津市の新聞収集家山名隆三さん(79)宅で見つかった。紙面では、印刷機が設置された機械室の様子を伝える写真に「起上がつた(起き上がった)徳島新聞」との見出しを添え、再出発の決意を表す記事を掲載している。これまで徳島新聞が所蔵していなかった貴重な資料で、山名さんは紙面を徳島新聞に寄贈した。

 再刊第2号はA2判2ページ。徳島新聞の再起を伝える記事は2面に掲載し、「歪められた筆の時代は去つた(去った)のです。お約束します。正しい真実を皆様に報告することを」との決意を記している。

 1面では、連合軍司令部が外地の金融機関を接収することや、財閥の解体が迫っているニュースを報じている。

 徳島新聞は45年7月4日未明の徳島大空襲で徳島市幸町にあった社屋が焼失し、輪転機は鉄くずになった。7月5日付~8月3日付は、板野郡(現在の鳴門市)撫養町内にあった長町印刷所を借り、タブロイド判の半分の大きさの小型新聞を発行。終戦前後の混乱期にあった8月4日付~9月30日付の発行は取りやめ、10月1日に再刊にこぎ着けた。

 これまで再刊直後の10月1~4日付の新聞は見つかっていなかった。山名さんは日本有数の新聞コレクターとして知られ、今回、10月2日付を含め、徳島新聞が所蔵していない45年4、5月の新聞を中心に24日分を寄贈した。「お役に立ててうれしい」と話している。