仕事や勉強のため日本に滞在している外国人は数多くいる。そんな人たちが集う大阪市内のサロンで日本語の指導に力を注いでいる。

 「外国の人と接すると、日本人が忘れている純粋さや強さに気付かされる。面白くてたまらないですね」

 物流システムを構築する企業で営業職として定年まで勤め、アジアを中心に海外の取引先へも何度も足を運んだ。在職中、同僚の紹介でサロンのボランティアスタッフに加わったのをきっかけに、退職後も気の合う仲間と共に活動を続けている。

 生徒は中国やベトナムなどアジア系の若者が多く、テキストを使った授業のほか、花見などのイベントも開く。

 「日本語を学びたい人が来るので語学が堪能でなくても務まるし、目に見えて上達するのも楽しい。帰国後も交流が続いている人もいます」

 「退職後こそ積極的に社会と関わるべきだ」をモットーに、多彩かつ自在に動く。その一つがシルバー人材センターで、自宅がある大阪府茨木市で就業開拓委員として働いている。業務は「仕事をしたい」という高齢者の会員と雇用主とのマッチングだ。「会員も雇用主も喜び合える結果になれば、私もうれしくなりますね」

 根っから社交的だったわけではない。若いころは技術者を目指していただけに、営業職に配属されて落胆した。しかし、営業の仕事をこなすうちに「自分に合っているかもしれない」と思い直したという。「今では人と会うのが楽しいんですから、不思議なものです」

 中学卒業後に古里を離れたため、思い出はそのころのままだという。「童謡『ふるさと』の歌詞通りの光景でした。今はすっかり変わってしまって古里は心の中にしかないのかもしれません」。

 おがわ・ゆたか 宍喰町(現海陽町)出身。城南高、法政大工学部卒。ダイフク(本社大阪市)で営業職として勤務し、退職後は企業の内部統制を支援するコンサルティング業を手掛けた。茨木市シルバー人材センターでは理事も務める。67歳。