しょっちゅうイノシシが出て困るというので、どんな具合か、と高松市の離島、国立療養所大島青松園で暮らす知人を訪ねた。島にすみついているのではなく、対岸の屋島辺りから泳いでくるらしい

 「人の気配がないのを確かめて浜から上がり、人の姿を見たら慌てて海に飛び込むんよ」。島の南斜面で耕す自家菜園が、食い荒らされることもしばしばだ。なので畑の周りには、念入りに柵がしてある

 くしゃみでもすれば、端から端まで聞こえそうな小さな島である。かつてのように人がひしめいていたなら、イノシシも海を渡るのをためらうだろう。ピーク時は700人を超えた入所者も、今は50人余り。過疎化で鳥獣被害に拍車のかかる中山間地と同じことが起きている

 知人は在島70年。不妊手術を含め、身をもってハンセン病の戦後史を体験してきた。もっとも、他の入所者も同じこと

 つい先日、初めておいと対面した。おいといっても、もう60代だ。これまで、おじの存在すら聞かされてなかったそうだ。国が強制隔離政策の誤りを認めて20年とたたない。今もこんな例がある

 88歳。別の人生を夢見るには年を取り過ぎたが「ようやく人の目を気にせず、街を歩けるようになった」。菜園へ至る坂道の脇に、約2千人が眠る納骨堂がある。多くはそんな気分さえ味わえなかった。