不動産コンサルティング会社を福岡市で興して26年。空き倉庫を事務所などにリフォームしたり、マンションの管理運営を手掛けたりと業務は幅広い。「若い頃は、仕事の仕方を身に付けたら徳島に戻るつもりだった。福岡で会社を経営しているなんて、自分自身驚いている」と言う。

 高校卒業後、京都の運送会社に入り、福岡県へ配属された。勤務時間や休日などが契約と全く違うことに納得できず、1年足らずで辞める。「このまま徳島には戻れない。早く一人前にならなければ」。友人宅に転がり込み、福岡で仕事を探した。

 商品先物取引の営業を経た22歳のころ、建設会社に入る。「自分が仕事をすればするほど顧客が喜んでくれる。これだと思った」。性分に合う仕事に巡り合えたと思っていたが、会社は倒産した。知人の勧めもあって26歳で起業し、がむしゃらに働いてきた。

 「よそ者に温かい博多の街に助けられた。人とのつながりの大切さを学んだ」

 仕事を通じて徳島県出身者と知り合う機会が増え、2008年に県人有志が上勝町の第三セクター・いろどり副社長(当時)の横石知二さんを招いて講演会を開いた際に、福岡徳島県人会に加わった。ほぼ休眠状態だった県人会をもり立て、10年から事務局長を務める。

 「福岡に多くの徳島県出身者がいると気付くことができ、本当に救われた思いがした。郷里の先輩の苦労話を聞くと、いつも勇気づけられる」

 会員数は約90人。100人を目指して県出身者を勧誘しているが、断られることも少なくない。「『私に関係ない』と言われるとがっかりするけれど、来る者拒まずの気持ちで会員を増やし、活動を広げていきたい」。

 よしづみ・こうじ 阿南市出身、徳島商業高卒。1990年、パイルコーポレーションを設立。社名は「積み重ねる」を意味する英単語「パイル」から取り、数多くの縁を積み重ねて発展させたいとの思いを込めている。福岡市在住、51歳。