着任した1日、県庁であった危機管理会議で幹部職員にこう訓示した。「県民の生命、財産を絶対に守るとの強い気概で取り組んでほしい」。初動体制の重要性や前例踏襲の打破を呼び掛け「初動を誤ると後手後手に回ってしまう。今やっていることを見直すことも大切だ」と力を込める。
政策監として危機管理部と保健福祉部、病院局を指揮する。最重要課題に位置付けるのが、南海トラフ巨大地震への対応だ。4月に起きた直下型の熊本地震では、避難所が大きな被害を受けるなどさまざまな課題が浮き彫りになった。
「これを教訓にして対策に取り組むためにも、現地の状況を自分の目で見て、自分の肌で感じてくる必要がある」。公務の合間を縫って、できるだけ早期に熊本入りする考えだ。
労働雇用政策局長や議会事務局長などを務め、3月に県を退職した。思い出深いのは2008年のリーマンショック。労働雇用政策課長として緊急雇用対策に奔走した。「庁内の各部署や民間企業に頼んで仕事をつくってもらった。そこに職場を解雇された人たちからすごい数の応募があった。今と隔世の感がある」。しみじみと振り返る。
退職前の1年間と退職後は県町村会で勤務した。地方創生が叫ばれる時代。人口減少や少子高齢化といった深刻な課題に向き合い、懸命に取り組む町村長の姿を目の当たりにした。「この経験は財産になった。町村の取り組みにもしっかりと対応できると思う」と自信をのぞかせる。
最近、10年以上する機会のなかったゴルフを再開しようと、新しいクラブを購入して練習を始めたばかりだった。「しばらくは封印するしかないですね」と笑った。徳島市住吉4の自宅で妻、次男と3人で暮らす。60歳。