「14歳で徳島を離れてから疎遠だったが、この年になってつながりが強まり、不思議な縁を感じている」。奈良県在住の徳島県出身者らでつくる奈良徳島県人会の新会長に就いた。「会員に喜んでもらえるような会にするとともに、古里に少しでも恩返しができれば」と決意を語る。

 吉野川市山川町で生まれた。太平洋戦争終戦直後に父が病死し、生活基盤を失う。川田中学校在学中の1952年、大阪で就職していた兄を頼り、母と妹との家族3人で古里を後にした。

 高校卒業後は大阪銀行(現近畿大阪銀行)に入行し、主に総合企画や検査部門を歩んだ。高度経済成長、オイルショックなどの浮き沈みを乗り越え、2000年、バブル経済崩壊に端を発した銀行合併を見届けて退職した。

 「今思えば、現場では目先のことばかりに夢中になり、冷静に先を見据えていなかった。将来を考える大切さは県人会も同じではないだろうか」。反省を組織運営に生かしたいと考えている。

 奈良に限らず、県人会は会員の高齢化に直面している。60代以上が大半を占め、会を維持するには2世や若者の加入が欠かせない。古里を懐かしむだけの会では若者を引き付けられない。「年代によってニーズは異なる。どう対応するか知恵を絞らなければ」と危機感を募らせる。

 趣味でつながる同好会活動や近隣県人会との交流促進など、新たな取り組みが始まっている。それをさらに推し進めていくつもりだ。

 生家は既にないものの、中学の同窓会などで帰省する。「昨年は喜寿を迎え、同級生で集まった。やはり古里は温かいですね」

 今夏は会員らと剣山や土柱などを巡る徳島ツアーを計画している。「まだまだできることはあるはず。古里の縁を大事にし、この集まりを将来につないでいきたい」。