茨城県守谷市にバックミラーなど自動二輪車部品を中心としたプラスチック成形加工・組み立ての会社を設立して32年。品質にこだわり、顧客満足度を追求してきた。「目指すのは、ものづくりで存在を期待される会社。顧客ニーズに応じた商品を提供するための人材の確保や育成が企業発展の鍵だ」と理念を語る。

 二輪車の国内販売台数が減り続けていることもあり、近年は「食・住・医療」をテーマに据え、病院や空港などで使われる産業用加湿器や、コンビニなどにある食品加熱機を主力製品にしている。「いろいろな人から情報を得ながら、今の時代に求められる商品を提供できるよう、日々研究している」と力を込める。

 高校卒業後に入社した藍商をルーツとする商社「森六」時代の営業経験が、幅広い人脈につながっている。森六を辞め、自ら会社を起こす時もかつての取引相手が力になってくれた。人と誠実に向き合ってきたことで得た信頼が、大きな財産となっている。

 古里への思いは熱い。貞光中時代につるぎ連で踊った経験を生かして1999年に地元有志で「守谷ひょうたん連」を結成し、毎年、南越谷の阿波踊りに参加している。「2拍子のリズムに今でも心が浮き立つ」と話し、「見るだけでなく踊る楽しさを関東の人にも知ってもらいたい」と「踊る阿呆」を増やしていきたい考えだ。

 帰省するのは年に1、2度だが、貞光中や鴨島商高(現吉野川高)時代の友人が関東に来たり、他県に一緒に旅行したりと交友は続いている。「貞光の町も飲食店が減って寂しくなった。でも同級生たちの変わらない笑顔を見るとほっとする」。酒席のカラオケでは演歌歌手北山たけしの「剣山」を必ず歌い、歌詞に自分の思いを重ね合わせる。

 おおが・ともあき つるぎ町貞光出身。鴨島商業高を卒業した1963年、商社・森六に入社し、東京本社で合成樹脂の営業担当となる。15年間在籍した後、千葉県野田市の金属・プラスチックの成形加工会社を経て、84年に茨城県守谷市に宏機製作所を設立し、現職。同市在住。72歳。