6月、地域医療の担い手を育てる自治医科大の教授に就任した。講師時代と准教授時代に2度、最優秀教員賞を受けた高い指導力が評価された。後進の育成だけでなく、呼吸器内科の専門医として、難病患者の診療と新たな治療法の開発に多忙な日々を送る。「医学教育と臨床・研究の両方で人や社会に貢献できるので、やりがいがある」と充実感を漂わせる。

 大学卒業後、木屋平村(現美馬市木屋平)の診療所に1人で勤務した経験が血肉となった。救急車はサイレンを鳴らしながら、必ず自分に向かって走ってくる。24時間態勢で患者と向き合う緊張感と責任感が「医師として、人間として育ててくれた」と振り返る。「先生は1人しかいないから、夜中に連絡したら迷惑が掛かる」と我慢して病状が悪化した患者もいた。「夜中の電話はよほどのこと。若い医師には、とにかく全て受け入れるよう指導している」と語る。

 好きな言葉は「ピンチと思うな、チャンスと思え」。都会より早く高齢化や過疎化が進む地方のへき地こそが「医療の最先端エリア」と捉える。上勝町の葉っぱビジネスを例に挙げながら「医療、福祉、介護の面で『徳島モデル』が構築されれば、日本を動かすことができる」。そのためにはアイデアと人のネットワークが必要で「縦割りではなく横につながり、多種多様な人たちで組織ができたら。地域の医師はそのキーパーソンになれるはずだ」と力を込める。

 根っからの野球好き。今もプロ野球選手数人の健康面をサポートし、交流している。国内の球場は行き尽くし「夢はメジャーリーグの全ての球場を巡ること」とほほ笑んだ。

 ばんどう・まさし 徳島市出身。城ノ内高校、自治医科大卒。徳島大医学部や県立中央病院での研修を経て西祖谷山診療所や木屋平村国保診療所で地域医療に従事した。米国イリノイ大シカゴ校への留学などを経て2006年に自治医科大呼吸器内科助教授に就き、今年6月から現職。9月から医薬品医療機器総合機構(PMDA)で新薬審査業務も行っている。栃木県下野市在住。52歳。