吉野川の上流で育った。子どもの頃、頭に刻まれた風景は、家並みを包み込む朝霧だ。丘の上の小学校に通う道すがら、乳白色のもやもやの中に、造り酒屋の煙突がにょきっと立っていた
ぐっと冷え込む晩秋、寝静まった街に川面から霧が忍び寄る。明けて、外に飛び出せば白い世界だ。「朝霧めぐるお諏訪の森に」(三好市・池田小)「朝霧こめる吉野のほとり」(同・西井川小)。歌い継がれる校歌も霧で始まる
大歩危・小歩危の渓谷では、両岸の峰々も隠すほどの「八合霧」が出る。西祖谷・有瀬(あるせ)集落から見下ろした、白蛇のような雲海は忘れられない。薄い光が差せば、まさに桃源郷の趣だ
霧はもののけも生む。「ブロッケンの妖怪」と呼ぶ現象である。朝日を背に受けると、その光が前方の霧に当たり、彼方(かなた)に自分の影が映し出される。虹のような光の輪を伴うので、古代の人には神仏や妖怪に見えた
三好市山城町の妖怪、タヌキ伝説を発掘している下岡昭一さんによると、山里に残る巨人伝説は、この現象ではないかという。自然の不思議と人々の畏敬が物語を生む
「山城・大歩危妖怪村」の活動は「自立活性化優良事例」として、総務省の表彰を受けた。25日には、旧上名小学校で妖怪祭りが開かれる。古里を元気にしたいと流した汗は、霧のごとくかき消えはしない。