秋篠宮さまが、来年の皇太子さま即位に伴う重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」について「宗教色が強い」とし、憲法が定める政教分離の原則に照らし「国費で賄うことが適当かどうか」と疑義を示された。

 その考えを宮内庁長官に伝えたが、「話を聞く耳を持たなかった。非常に残念に思う」と述べ、前例踏襲を旨とする政府対応を批判した。強い言葉は、秋篠宮さまの不信と焦燥を表している。

 国費支出の政府方針は、決定済みだ。政府は個人的な持論と受け止め、「何らかの対応をとることはない」と素っ気ない。

 前回の大嘗祭は違憲訴訟も提起され、今になって表面化した問題ではない。秋篠宮さまの意見も以前から宮内庁に伝わっている。前回から28年、その在り方を巡り、皇室と宮内庁には長い議論の経緯があったはずだ。

 本当に、耳を傾けたのだろうか。宮内庁は、皇室の方々を身近で守り、支えるための行政組織だ。「聞く耳持たず」を繰り返したのなら、宮内庁の存在意義に関わる問題である。

 大嘗祭は、新天皇が初めて執り行う新嘗祭(にいなめさい)だ。五穀豊穣を神に感謝する新嘗祭は、天皇の私的行為と位置づけられる。憲法で定める国事行為や、地方訪問などの公的行為には該当しない。

 大嘗祭への国費支出を妥当として前例を積み重ねるのは、憲法違反の疑義が、皇室の将来に影を落とし続けることにつながる。

 秋篠宮さまは「できる範囲で、身の丈に合った儀式にすれば、皇室の行事として、本来の姿ではないか」とまで踏み込んでいる。規模を縮小しても、祭祀の本質は揺るがないとの考えだ。

 国費を充てないとすれば、何を財源とするのか。皇室には「内廷費」という会計がある。天皇家の身の回りなど私的活動に用い、「お手元金」とも呼ばれる。

 皇居で営まれる新嘗祭などの宮中祭祀も、内廷費で賄われる。宮内庁には天皇の祭祀を補佐する「掌典(しょうてん)職」という部署がある。在籍する職員の給与や儀式の経費は、内廷費から払われる。

 秋篠宮さまは、これを大嘗祭の財源にすれば憲法の趣旨に沿う、との考えだ。内廷会計にも国費は入っているが、公的な性格は薄れる。

 前回、儀式の中心「大嘗宮の儀」で皇居に造営された大嘗宮は、建設費だけで14億円。神事の進行は非公開とされ、宗教色の度合いも、外部の目で確認できなかった。

 年間約3億円の内廷費で賄うなら、経費面から前例踏襲は不可能。だが、国民負担を気に掛け、常に「質素」を望む天皇陛下の心にはかなうだろう。

 昭和天皇の弟、故高松宮さまも、大嘗宮は皇居・宮中三殿の神嘉殿でいい、との考えを出されたことがある。何が「本来の姿」なのか、それが出発点のはずだ。