囲碁七大タイトルの一つ「天元」の初代は藤沢秀行さんである。昭和を代表する棋士の一人で、1975年から1期(1年)だけ位に就いた

 超の付く酒好き、ギャンブル好きで知られる。日本酒は1升、ウイスキーならボトル1本を空にした。競輪で途方もない借金を抱え、自宅が競売にかけられたこともある

 豪放磊落、型破り、破天荒。それでいて若手の育成には心血を注いだ。「勝った負けたと騒ぐ前に芸を高め、腕を磨くことを考えろ」が弟子への口癖だったという。「名画を鑑賞するように、見る者を感動させるのが名局」が持論。だから、芸を高めよと。魅する碁打ちに固執した

 藤沢天元から四十余年、破天荒とはおよそ無縁に見える井山裕太さんが、第44期天元戦で防衛に成功した。しかも七大タイトル獲得数の歴代最多記録を更新するという快挙を伴って

 七冠保持は逸したものの、国民栄誉賞に新記録。井山さんにとって納得の1年となったに違いない。ただ、今回の対局は満足のいく「名局」ではなかったようだ

 藤沢さんが83歳で死去した2009年、井山さんは初タイトルを獲得した。不思議な縁を感じる。大家は、勝った負けたと騒ぐ前に―と戒めるだろうか。いや、ここは井山さんの師匠・石井邦生さんが言う「誉れであります」に、うなずいていることだろう。