漱石も愛用した松山市の道後温泉本館はすす払いが終わり、正月準備に入った。足を痛めたシラサギが湯で傷を癒やしたという伝説が残る。赤いギヤマンガラスが目を引く本館塔屋「振鷺閣(しんろかく)」の頂に据えられたシラサギも1年の汚れを落としただろう

 「刻太鼓(ときだいこ)」の合図を待たずに朝から人が列をつくる。明治の姿をとどめる国の重要文化財を見上げながら、そぞろ歩くのは楽しい

 その本館で来月15日から保存修理工事が始まる。期間は約7年に及ぶ。部分営業はするものの、影響は相当ある。そこで工事中だからこそ味わえる特別感を、と市などが頭をひねった

 案内してくれた市道後温泉事務所の山下勝義主幹が、閉鎖されている北側の入り口に立ち止まって言う。「漱石らが訪れていた当時の出入り口ですよ」。来年2月から開放する。漱石らが漬かったころの風情にタイムスリップしてもらえれば、との趣向だ

 小説「坊っちゃん」の舞台になり、「温泉だけは立派なものだ」と紹介された本館のよさを、工事中も国内外の入浴客らに伝えたいとの思いもあるだろう

 近くには昨年12月、聖徳太子が飛鳥時代に道後温泉を訪れたとの伝説にちなんで「飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)」を開館させた。文豪と伝説の力を借りて、本館だけに頼らないまちづくりにも腐心する。きょうは冬至。湯煙が恋しくなる。