「お母さん、ちょっと来て」。事件当日の早朝、母が起きるとすぐに長女が声を掛けてきた。「前から言よったあれ、今日、今やって」。その意味はすぐに理解できた。

 長女の体調は昨年12月ごろから一段と悪くなり、「死にたい」「楽になりたい」と泣きながら訴えるようになった。食べ物もほとんど受け付けず、何度も殺害を懇願。事件の2日前には、ドアノブにひもをくくり付けて首つり自殺を図ろうとしていた。

 「本気で楽になりたい。産んでくれたお母さんだから頼める。酷なお願いやけど・・・お願い」。覚悟がにじんでいた。その場を離れようかとも考えたが、裏切り行為のように思えた。

 横たわる長女の首にバスローブの腰ひもを巻き付け、力いっぱい引っ張った。「授かった子どもの首を絞めるなんて」。「八つ裂きにされているような感覚」を覚えつつも力を緩めなかった。苦しみから救う方法は、他に思い浮かばなかった。

 約18年前から長女が不調を訴えるようになり、病院で検査を受けたが「悪いところはない」と治療してもらえないことがあった。違う病院でさまざまな薬を試したものの症状は改善せず、長期的に寄り添ってくれる医師にも出会えなかった。

 病院を渡り歩くうちに長女は「病院恐怖症」のようになった。「もう駄目。終わった」と、通院を嫌がり、回復への希望を失った。

 病院から足が遠のき、母にとっては「唯一の相談場所」をなくした。夫は仕事が忙しく、じっくりと話を聞いてもらう機会はほとんどなかった。他に頼る人も相談相手もいない。長女が息絶えた後、「一緒に天国に行く」との約束通り、包丁で自分の腹や首を切った。

 事件直前の長女の日記には「お母さんが大好き。このままでは共倒れ」と書いてあったという。裁判官にこう問われた。「想像にすぎないが、自身の苦しみだけでなく母親の苦労についても考えていたのではないか」。母は「分かっていました。優しい子で気遣っていてくれた」と答えた。

 裁判官は被告人質問の最後に語り掛けた。「人の意志、気持ちは強くないと思う。被害者が半年、1年後にまだ死にたいと思っているかは誰にも分からない。人の気持ちは変わるから、頼まれても殺してはいけない。被害者の可能性を絶ってしまったと、しっかり受け止めてほしい」。

 <介護・看病疲れが動機の殺人> 警察庁の犯罪統計によると、2013~17年の5年間に発生した殺人事件4312件のうち「介護・看病疲れ」が動機となったのは212件で、「憤怒」(1906件)、「怨恨(えんこん)」(639件)に続き3番目に多かった=グラフ参照。徳島新聞の調べでは、県内で14~18年(11月末時点)に発生した殺人・殺人未遂事件は22件。このうち介護や看病に関連する事件は少なくとも6件あった。