仲良く手をつなぐ親子(写真と記事は関係ありません)

 なぜ次女は父親をナイフで刺したのか。事件の背景には、精神障害を抱えながらも社会的な支援の枠組みからこぼれ落ちた家族の生きづらさがあった。

 次女は成人後に精神障害と診断されたものの、幼い頃から兆候があった。物事に対するこだわりが強く、人とコミュニケーションを取るのは苦手。急に怒り出すなど不可解な行動が目立ち、学校では「変わっている子」と言われていた。

 県外で暮らす兄は、公判で示された調書の中で妹の苦悩に触れている。兄は教員として発達障害児の支援にも取り組んでおり「主観だが、妹は発達障害に当てはまるのではないか」と指摘。「幼い頃から周囲と良好な関係を築けずにトラブルを起こし、頻繁に叱られていた。成功体験よりも失敗体験が多く、自尊感情は低かった」と証言した。

 逮捕後の検査によると、次女の知能指数(IQ)は74だった。「境界知能」と呼ばれ、知的障害ではないものの、勉強や仕事をスムーズにこなすには支援が必要とされる水準だ。

 在学中も就職後も、特別なサポートを受けなかった。次女は公判で「周りの人の言葉が理解できないことが多かった。いじめられていたし、学校は楽しくなかった」と、つらかった学生時代を振り返った。

 職場でも長続きせず、自立はかなわなかった。20代から受診した複数の病院では医師とけんかをしたり、入院中に「金を取られた」と騒いだりして適切な治療が受けられず、家庭で支えるしか方法はなかった。

 兄によると、犯行前の数年は特に精神的に不安定で、父への暴言を繰り返していた。父に危害を加えるのではないかと心配していたという。

 追手門学院大の古川隆司准教授(社会福祉学)は「境界知能の人は触法行為に走りやすい傾向がある」と指摘する。手厚いサポートがある知的障害者と比べ、社会的支援が手薄な状況にあるのが一因だ。教育現場での特別支援体制が今ほど充実していなかった頃に義務教育を受けた中高年世代は、特に十分な支援を受けていないケースが多いという。

 公判で次女の弁護を担当した永本能子弁護士も「境界知能の人もしかるべきサポートを受ければ能力を発揮できる場を見つけることができる。ただ次女はそうした支援からこぼれ落ちていた。父は懸命に改善策を模索しながらも障害について理解しきれず、良好な関係が築けなかったのではないか」と分析した。

 徳島地裁は次女に対し、保護観察付きの執行猶予判決を下した。「刑務所に入ってほしいわけではない。家事の能力などを付けて、1人で生きていけるようになってもらいたい」。こうした父の要望もあり、現在は病院で治療を受けながら自立を目指している。