気が利くというのは、この商売をやっていく上で大切なことだろう。しかし、利きすぎるのはどうか。損をしたのも、たびたびではなかったか、と想像するのである。徳島市富田町で半世紀、女主人の仕切る名物バーが店を閉じる

 南洋桜の分厚い材でできた、濃褐色のカウンターが奥へ延びる。ただそれだけの小さな店である。きらびやかさとは縁遠いが、落ち着いたたたずまいと、女主人の人柄を愛した政治家、経済人は多い

 歴史は夜作られる。「お見えになった方は千人や二千人ではきかないわね」。次の国政候補の名が挙がったり、企業の人事が練られたり。時に生臭い情報も飛び交った

 熱い議論の跡がカウンターの所々に傷となって残る。「あの人はここ、あの人はあそこに座っていたわ」。入り口を飾る、店を模したドールハウスは、今も付き合いの続く初めての客からの贈り物だ

 いい大人なら、いい友の一人、いいバーの一軒ぐらい持っておくべきだと以前、きざな誰かが言っていた。<君に勧む更(さら)に尽くせ一杯の酒>。ふいに高校で習った漢詩の一節がよみがえり、古い友人を送る心境で閉店の理由を尋ねた

 「時代とともに去る。私の美学よ」。その気持ちを尊重するなら、店の名を明かすこともない。当欄には、バー平成、とでもとどめておこう。2018年、年の瀬。