大塚国際美術館を代表する「システィーナ・ホール」で写真を撮る来館者ら=鳴門市鳴門町

 徳島県出身のシンガー・ソングライター米津玄師さん(27)が2018年12月31日夜、NHK紅白歌合戦に生中継で出演した徳島県鳴門市の大塚国際美術館は、著名な西洋名画1000点余りを陶板画で展示するという世界にも例のない美術館。アートに親しむユニークな企画なども催しており、大勢の人を引き付けている。

  ×  ×  ×  ×

 「すごい・・・」。大塚国際美術館を代表する展示スペース「システィーナ・ホール」に足を踏み入れた来館者は、誰もが頭上を埋め尽くす西洋絵画を見上げ、思わず息を飲む。

 バチカンにあるシスティーナ礼拝堂と同じ造りを再現し、高さ16メートル、800平方メートルの天井中央部には旧約聖書の「創世記」という物語の九つの場面や登場人物が描かれ、壁には世界の終末を描いた「最後の審判」が構える。

 訪れた人は「スケール感に圧倒される。写真とは迫力が全然違いますね」と驚く。

 展示作品は、大塚オーミ陶業(滋賀県信楽町)の特殊技術を用いてオリジナルと同じ原寸大で忠実に再現している。1300度で焼き付けた陶板画は2000年以上、色あせることはないという。

 古代から現代まで世界25カ国にある190の美術館や聖堂の著名な西洋絵画千点余をそろえ、世界の美術館巡りが体験できる。本物と違い、間近で写真を撮ったり、触れて絵の具の厚みを確かめたりもできる。

 ■ □ ■ □ ■ □

 この美術館がなぜ鳴門の地に建てられたのか。その原点は47年前にさかのぼる。

 1971年、当時、大塚グループ各社の相談役を務めていた故大塚正士氏の下に、当時大塚化学の技術部長だった末弟の大塚正富氏(現・アース製薬特別顧問)らが訪れた。鳴門海峡に面した砂浜で採取した一握りの砂を机の上に盛り上げ、「この砂でタイルを作ろうと思ってます」と切り出す。

 当時、徳島の砂はコンクリートの原料として阪神方面で売られていた。正富氏は「付加価値を高めて販売することが大塚や徳島のためになる」と考えた。

 73年にタイルの製造に向けて大塚オーミ陶業を設立したが、その年に石油ショックが到来。受注が見込めず開店休業状態に陥った。

 思案の結果、浮かんだアイデアが技術を生かした地域貢献であり、陶板に絵を描いて美術品を作ることだった。大塚製薬創立75周年記念に合わせて美術館を建設し、大塚グループ発祥の地・鳴門を建設場所に選んだ。

 建設計画を伝える94年3月11日付の徳島新聞で正士氏は「大塚グループは徳島にお世話になって成長できた。全国の人たちを引き付ける美術館を建設することで徳島に利益を還元したい」と語っている。

 採算を考えるなら、都市部が有利であり、同館の田中秋筰常務理事は「当初は年6億円の赤字を見込み、グループ各社からの寄付で賄うつもりだった」と打ち明ける。

 ■ □ ■ □ ■ □

 オープンを98年4月の明石海峡大橋開通前に合わせたのも理由がある。正士氏は観光客が徳島を素通りすることを懸念し「美術館の役割は人をせき止めるダムだ」とも語っていたという。

 開館後、県外から大勢の人が詰め掛けた。赤字覚悟だった収支も「毎年度何とかやりくりできる状況」(同館)。2016年度の来館者数は過去最多の約38万1000人を記録した。