【審査評】吉村萬壱(最終選考委員長)   

ぶれない論理と言葉貫く

 当初から「阿波しらさぎ文学賞」はおとなしい賞にしない、という考えがあった。徳島から骨のある文学作品が出て来たら面白いと思い、そういう観点から選考に臨んだ。

 受賞作の「青は藍より藍より青」は、浅葱、縹、藍という青の濃淡を時間軸に、阿波人形浄瑠璃「傾城阿波の鳴門」と昔話「七夕女房」の絡みを空間軸にして紡がれたSF仕立ての作品で、一見難解だが、設定の整合性と独特の語り口で最後まで面白く読ませた。どんな変な世界を描いていても、ぶれのない論理と言葉に貫かれていれば小説は説得力を持つ。本作はその好例と言える。

 徳島そのものが仮想現実でしかないという設定は、現在の徳島に対する批判であると同時に、その虚構性によって逆に「現実以上に力強い現実」が生まれる可能性が示唆されている点、作者の意図はどうあれ徳島県民に対するエールとも取れて明るい読後感が残った。

 今回一番遠くまで連れて行かれた作品でもある。15枚という限られた枠内で、発想と密度と完成度において、どの候補作より最も大きく徳島の全体像を捉えることに成功し「徳島の小説ならこうだろう」という凡庸なイメージを刷新した功績は大きい。

 「徳島新聞賞」の「海風の吹く町で」は、主人公が友人の死に接して生き方を変える話。豪雨の中を友人Yの通夜に行った主人公は、帰りのタクシーで吉野川の土手下に転落し、何とか事なきを得て、たまたま通りかかった車に拾われる。この車の運転手がYだったという設定。

 友人の死というありがちなテーマを、徳島の土地と自然の猛威の記述へと巧みに織り込むことで、いたずらな感傷性を抑え、それでいてしみじみとした読後感を与えるのは、やはり作者の人生経験に裏打ちされた話だからなのだろう。徳島の空気を感じさせる、地元の書き手ならではの秀作となった。

 「徳島文学協会賞」の「お見送りの川」は、徳島への郷土愛を感じさせる一種のファンタジー小説で、こなれた表現と抑制のきいた筆に上質の味わいがあった。徳島という地域性にしっかりと支えられた作品であり、現在の徳島駅周辺の線路にかつては寺島川が流れ、今はなきその川の上を幻の電車が走るという展開には、発想の素晴らしさと共に不思議な説得力がある。子供の頃はリアリストであったはずの姉の方が、大学生になった今、弟よりもその幻想に囚(とら)われているところも面白く、今後を期待させる筆であった。

 1次選考を通過した20作品の中では、以下の5作も印象に残った。

 「祖谷の橋・私・かずら橋」は、橋の一人称で語られる臆病な女が成長していく話で、発想は面白いが橋の思索がやや散漫で一点に収斂(しゅうれん)しきれなかった点が惜しまれた。「罪に苦しむ夏」は、救いのなさに一定の徹底は見られたが他者の視点に欠け、独りよがりな独白に終わってしまった感がある。

 「連行の記憶」は、今回一番好きだった作品で、語りの妙に酔わされたが、さすがに受賞作とするには小説として破綻し過ぎていたか。「妖怪探偵は阿波の国の月夜に笑う」は、三好市の妖怪村に題材を取った作品だが、徳島への批判精神のようなものは見られず、単なるユーモア小説になってしまった点が物足りなかった。

 「いつか夏のまたたきで」は、繊細な感受性が随所に光る佳作だが、青春の日に手に入れたかった響子と現在の身重の妻とのコントラストが弱く、後半説得力を失ったのが惜しかった。

 今回の「阿波しらさぎ文学賞」の受賞作はたまたま難解なSF小説になったが、二番煎じは通用しない。時に変化球も素晴らしいけれども、直球ど真ん中のような力強い作品その他、あらゆるジャンルの力作を心よりお待ちしております。

 

 よしむら・まんいち 1961年松山市生まれ。2001年「クチュクチュバーン」で文学界新人賞、03年「ハリガネムシ」で芥川賞、16年「臣女」で島清恋愛文学賞。高校・支援学校の教師を経て、13年から専業作家。父親が小松島市出身で、小学生の頃は夏休みのたびに徳島へ帰省していた。大阪府貝塚市在住。57歳。