3連覇を喜ぶ選手たちの傍らで、重圧から解放されてほっとした表情を浮かべた。監督就任1年目の指揮官は「自分は車から応援していただけ。一人一人がしっかり走ってくれたおかげ」と主役を立てた。

 特別な思いで初采配を振った。開幕直前に徳島陸協元会長で鳴門市陸協名誉会長の森脇謙一さんが亡くなった。3日の開会式後には「今回は絶対に勝ちにいこう」と呼び掛け、選手はユニホームに喪章をつけてレースに臨んだ。無事に連覇を伸ばし「森脇さんも喜んでくれていると思う」と目を細める。

 長距離選手として確かな実績を持つ。徳島東工高(現徳島科技高)3年時の1993年に主将として全国高校駅伝に出場。県勢初となる8位入賞を果たした。山梨学院大4年時には箱根駅伝で7区を走った。四国電力に入社後も陸上部に所属し、30歳で引退するまで競技を続けた。

 チームの指揮を執るという慣れない使命に挑戦する上で参考にしたのは、高校時代の恩師・故佐野健次監督の姿。選手に小まめに声を掛けてくれていたことを思い出し、故障明けなどで状態が気になる中高生とはコミュニケーションを密に取るよう心掛けた。「コーチ陣ら周囲のサポートや助言もありがたかった」と感謝も忘れない。

 3年前に地元のクラブチームに入って始めた綱引きが楽しみで、週2回ほどの練習で汗を流す。長年取り組んできた長距離走と違い、わずか数分で決着がつく競技だが「全身の筋肉を使って引くのが面白い」とその魅力にはまっている。鳴門市大津町矢倉のサツマイモ農家の実家で両親、妻、長男、長女と6人暮らし。43歳。