古代中国の伝説で、月に独り暮らす仙女、それが嫦娥である。唐代の詩人は詠んでいる。<嫦娥は応に悔ゆべし>と。うつむきかげんに憂いをたたえた横顔が浮かんでくるが、何を悔いているのか、話の大本を訪ねてみると、かなりイメージが異なる

 夫は弓の名人で、辺りの鳥や獣を射尽くしてしまう。持ち帰るのはもはやカラスばかり。怒り狂った嫦娥は、夫が狩りで遠出した隙に、夫が授かった不死の霊薬を盗みだして飲み、一人、月へ昇った

 作家魯迅が「奔月」で描く、欲深な女性が、嫦娥の本来の姿かもしれない。寂しいのも自業自得だ。盗みの罰でヒキガエルになったとも、ウサギに変えられたとも伝わる

 それでも、夜ごと見上げる空に、とりわけ月明かりで風景が銀色に染まった晩などは、あそこにヒキガエルが1匹というのは似合わない。ここは詩中の人物のように、憂愁の美女でなければ

 無人探査機「嫦娥」を、世界で初めて月の裏側へ軟着陸させた、と中国が発表した。鉱物資源や地形を調べるという。「宇宙強国」の先兵となるのは、欲深いままの「嫦娥」か。常に我、自国第一、意味深だ

 宇宙関連技術は軍事技術と直結しており、先端分野での米国との覇権争いが、さらに強まりそうな勢いである。美しいものを、人はなぜ、美しいままにしておけないのだろう。